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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第28回

79話~81話

2018.02.22更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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79 総大将は地形を考えて作戦を立てなくてはいけない

【現代語訳】

そもそも地形は、戦争における補助的要因である。敵の情勢をはかり、勝てる作戦を立て、地形の険しさ、距離の遠近などをよく検討するのは、軍をまとめる上将軍(総大将)たる者の重要な仕事である。
これをわかって戦いをする者は必ず勝つが、これをわからずに戦いをする者は必ず負ける。

【読み下し文】

夫(そ)れ地形(ちけい)は、兵(へい)の助(たす)け(※)なり。敵(てき)を料(はか)りて勝(かち)を制(せい)し、険阨(けんやく)(※)遠近(えんきん)を計(はか)るは、上将(じょうしょう)の道(みち)なり。此(こ)れを知(し)りて戦(たたか)いを用(もち)うる者(もの)は必(かなら)ず勝(か)ち、此(こ)れを知(し)らずして戦(たたか)いを用(もち)うる者(もの)は必(かなら)ず敗(やぶ)る。

  • (※)兵の助け……戦いの補助的要因のこと。地形は大事な要素だが、それをうまく利用して作戦を考えるのが将軍の仕事ということである。
  • (※)険阨……「険」も「阨」もけわしさを表す。「阨」は「夷」あるいは「易」の間違いと考える説もある。そうすると「険しさ」「平坦さ」と訳することになる。

【原文】

夫地形者、兵之助也、料敵制勝、計險阨遠近、上將之衜也、知此而用戰者必勝、不知此而用戰者必敗、

80 兵士、国民を守る将軍は国の宝である

【現代語訳】

戦闘の法則から見て必ず勝てるのであれば、君主が戦うなと言っても断固戦ってよい。戦闘の法則から見て必ず負けるのであれば、君主が必ず戦えと言っても、戦わなくてよい。
このように将軍は自分の判断で軍を進めたとしても、それは自分の名誉のためではなく、君命にそむいて軍を撤退させたとしても、責任を避けることを考えてはならない。ひたすら兵士と国民の生命、生活を守り、その結果において君主の利益にも合致させるようにするのである。こういうことができる将軍は国の宝である。

【読み下し文】

故(ゆえ)に戦道(せんどう)(※)必(かなら)ず勝(か)たば、主(しゅ)戦(たたか)う無(な)かれと曰(い)うとも、必(かなら)ず戦(たたか)いて可(か)なり。戦道(せんどう)勝(か)たずんば、主(しゅ)必(かなら)ず戦(たたか)えと曰(い)うとも、戦(たたか)う無(な)くして可(か)なり。故(ゆえ)に進(すす)んで名(な)を求(もと)めず、退(しりぞ)いて罪(つみ)を避(さ)けず(※)、惟(た)だ人(ひと)(※) 是(こ)れ保(たも)ちて、而(しこう)して利(り)の主(しゅ)に合(あ)うは、国(くに)の宝(たから)なり。

  • (※)戦道……戦いの道理。戦闘の法則。
  • (※)進んで名を求めず、退いて罪を避けず……格言の一つとして、日本でもよく使われる。なお、本テーマは難しい問題だが、孫子は君主(トップ)と将軍の密接な信頼関係がないと軍は勝てないとする。そもそも君主の人格、知恵のことは、現場の責任者に一定の権限を与えないといけないと考える。なお、『史記』に孫子の言葉として、「将、外にあっては君命を奉ぜざるあり」というものがある。第八章・九変篇55話にも似た言葉があるので参照のこと。ただ、現実に君主の命を無視してまでの現場の実情を知る将軍のこうした行動は、後で問題にされ、罰せられることが多いだろう。だからこそ孫子は無理解な君主の命を無視してまで国民、兵士、国家(君主を含む)を守るために判断、行動することのできる将軍を「国の宝」だとまでいうのである(第二章・作戦篇14話参照)。また君主と将軍の相互の厚い信頼が大切であることを強調するのである(第三章・謀攻篇20話参照)。
  • (※)人……一般的には、民のことをいう。ここでは「兵士と国民」と解する(第八章・九変篇59話参照)。ここでの「人」は「民」であったのを、唐の時代に諱(いみな)を避けて「人」にしたのではないかという説も多い。ただ、ここでは「人」も「民」も同じ意味であろう。

【原文】

故戰衜必勝、主曰無戰、必戰可也、戰衜不勝、主曰必戰、無戰可也、故進不求名、退不避罪、唯人是保、而利合於主、國之寳也、

81 将軍と兵士の接し方

【現代語訳】

将軍がふだんから兵士を幼い子どものように可愛がって接していれば、兵士は将軍を慕(した)って深い谷であろうと危険を冒してでも行くようになる。将軍が兵士を我が子のように心から可愛がり接していれば、兵士は将軍と生死をともにし、戦うようになる。
しかし、兵士を可愛がり手厚く接していても使うことができず、可愛がるだけで命令することもできず、軍紀を乱してもこれを罰し治めることもできないようであれば、それはちょうどわがままな自分の子どものようなもので、用いることはできない。

【読み下し文】

卒(そつ)を視(み)ること嬰児(えいじ)の如ごと)し、故(ゆえ)にこれと深谿(しんけい)に赴(おもむ)くべし。卒(そつ)を視(み)ること愛子(あいし)の如(ごと)し、故(ゆえ)にこれと俱(とも)に死(し)すべし(※)。厚(あつ)くして使(つか)うこと能(あた)わず、愛(あい)して令(れい)すること能(あた)わず、乱(みだ)れて治(おさ)むること能(あた)わざれば、譬(たと)えば驕子(きょうし)の若(ごと)く、用(もち)うべからざるなり。

(※)俱に死すべし……生死をともにしようとする。兵士が生命を懸けて将軍のために戦うようになる。なお、我が国の『名将言行録』(岡谷繁実著)の中で、立花宗茂が同じような趣旨のことを述べているが、これは宗茂が孫子を学んでいたことの影響ではないか。なお、本文の後半では、驕子(わがままな自分の子ども)の例から、将軍は単に兵士を可愛がるだけでは兵士は死をともにしようなどは思わないことを述べている。本文にあるように、孫子は冷静で確かな指揮能力の高さを示していないといけないとする。すなわち原文および訳文にある「使」「令」「治」である。

【原文】

視卒如嬰兒、故可與之赴深谿、視卒如愛子、故可與之俱死、厚而不能使、愛而不能令、亂而不能治、譬若驕子、不可用也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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