第100回
73〜75話
2020.05.25更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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73 冷静に対処すれば無駄な戦いはしないで済む
【現代語訳】
権力のある人たちは龍が躍り上がるように、英雄たちは虎が荒れ狂うように、互いに龍虎の戦いをしている。しかし、これを冷静な目で見れば、蟻が生臭いものに群がり、蠅が生きものの血にたかるのと似たようなものである。また、善し悪しの議論は蜂の大群のように沸き起こり、利害得失は蝟(はりねずみ)の毛のように一斉に起こる。しかし、これらは冷静に対処すれば、鋳型に入れて金属を溶かしたり、湯が雪を消すように解決できる。
【読み下し文】
権貴(けんき)(※)龍驤(りゅうじょう)(※)し、英雄(えいゆう)虎(こ)戦(せん)す。冷眼(れいがん)を以(もっ)て之(これ)を視(み)れば、蟻(あり)の羶(せん)(※)に聚(あつ)まるが如(ごと)く、蠅(はえ)の血(ち)に競(きそ)うが如(ごと)し。是非(ぜひ)蜂起(ほうき)し、得失(とくしつ)蝟興(いこう)(※)す。冷情(れいじょう)を以(もっ)て之(これ)に当(あ)たれば、冶(や)の金(きん)を化(か)するが如(ごと)く、湯(ゆ)の雪(ゆき)を消(け)すが如(ごと)し。
(※)権貴……権力のある人たち。権門貴顕。権勢があり、位が高い人。
(※)龍驤……龍が躍り上がるように威勢を競うこと。
(※)羶……生臭いもの。
(※)蝟興……蝟(はり鼠)の毛のように一斉に起こること。
【原文】
權貴龒驤、英雄虎戰。以冷眼視之、如蟻聚羶、如蠅競血。是非蜂起、得失蝟興。以冷情當之、如冶化金、如湯消雪。
74 人間本来の生き方ができれば人生は楽しい
【現代語訳】
物欲にとらわれ縛られると、人生は悲しくなる。人間本来の本性のままに生きることができると、人生は楽しくなる。物欲にとらわれた人生がなぜ悲しいのかがわかると、欲望はすぐ消え、人間本来の生き方がなぜ楽しいのかがわかると、聖人の心境に自然と至ることができる。
【読み下し文】
物欲(ぶつよく)に覊鎖(きさ)(※)すれば、吾(わ)が生(せい)の哀(かな)しむべきを覚(おぼ)ゆ。性真(せいしん)(※)に夷猶(いゆう)(※)すれば、吾(わ)が生(せい)の楽(たの)しむべきを覚(おぼ)ゆ。其(そ)の哀(かな)しむべきを知(し)れば、則(すなわ)ち塵情(じんじょう)(※) 立(た)ちどころに破(やぶ)れ、其(そ)の楽(たの)しむべきを知(し)れば、則(すなわ)ち聖境(せいきょう)自(おの)ずから臻(いた)る(※)。
(※)覊鎖……とらわれ縛られる。なお、物欲にとらわれないことについては本書の前集73条、後集8条、42条、56条、75条など多く述べている。
(※)性真……人間の本性。天から与えられた人間本来の性質。なお、この語句については、本書の後集66条の「性天」参照。
(※)夷猶……ためらうこと。ここでは満足して安らいでいることを意味する。
(※)塵情……欲望。
(※)臻る……至る。
【原文】
覊鎻於物欲、覺吾生之可哀。夷猶於性眞、覺吾生之可樂。知其可哀、則塵情立破、知其可樂、則垩境自臻。
75 自分の正しい生き方がわかれば、それを一筋の光明として突き進む
【現代語訳】
心のなかに、少しの物欲もなくなったとすれば、雪が炉(いろり)のなかに入れるとすぐ消え、氷が陽の光で消えていくように、すべての執着は消えるようになる。また、目の前に一筋の光明があれば、月が天上に輝き、その月影が波に映るように、本来の正しい姿、あり方が見えてくる。
【読み下し文】
胸中(きょうちゅう)既(すで)に半点(はんてん)(※)の物欲(ぶつよく)無(な)ければ、已(すで)に雪(ゆき)の炉焰(ろえん)に消(き)え、氷(こおり)の日(ひ)に消(き)ゆるが如(ごと)し。眼前(がんぜん)自(おの)ずから一段(いちだん)の空明(くうめい)(※) 有(あ)れば、時(とき)に月(つき)、青天(せいてん)に在(あ)り、影(かげ)、波(なみ)に在(あ)るを見(み)る。
(※)半点……少しの。
(※)一段の空明……一筋の光明。清く明るい光。正しい生き方。私には似た発想の文章に思えるのが佐藤一斎の次の言葉である。「一灯(いっとう)を提(さ)げて暗夜(あんや)を行(い)く。暗夜(あんや)を憂(うれ)うこと勿(な)かれ。只(ただ)一灯(いっとう)を頼(たの)め」(『言志四録』)。一斎の言う「一灯」は、「一段の空明」ではないだろうか。
【原文】
胸中旣無半點物欲、已如雪消爐焰氷消日。眼歬自有一段空明、時見月在靑天影在波。
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