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第107回

94〜96話

2020.06.03更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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94 大巧は拙なるがごとし


【現代語訳】
文は拙(せつ)を守ることで良くなっていき、道の修行は拙を守ることで成就していく。この拙という一字には、無限の意味や味わいがある。例えば、「桃源に犬吠え、桑間に鶏鳴く」という文章は、何と素直で味わいのあることか。これに対して、「寒潭(かんたん)の月、古木の鴉(からす)」というのは、技巧がすぎてかえって生き生きとした感じがしなく、寂しすぎるように感じる。

【読み下し文】
文(ぶん)は拙(せつ)(※)を以(もっ)て進(すす)み、道(みち)は拙(せつ)を以(もっ)て成(な)る。一(いつ)の拙(せつ)の字(じ)、無限(むげん)の意味(いみ)有(あ)り。桃源(とうげん)に(※)犬(いぬ)吠(ほ)え、桑間(そうかん)に鶏(にわとり)鳴(な)くが如(ごと)きは、何等(なんら)の淳龐(じゅんろう)(※)ぞ。寒潭(かんたん)の月(つき)、古木(こぼく)の鴉(からす)に至(いた)っては、工巧(こうこう)の中(なか)に、便(すなわ)ち衰颯(すいさつ)(※)の気象(きしょう)有(あ)るを覚(おぼ)ゆ。

(※)拙……つたない。へた。かざらない。素朴。なお、『老子』は「大巧(たいこう)は拙(せつ)なるが若(ごと)く」(洪德第四十五)としている。すなわち、「本当にうまくいっているわざは拙く見え」るということである。また、『孫子』も「兵(へい)は拙速(せっそく)なるを聞(き)くも、巧久(こうきゅう)なるを未(いま)だ睹(み)ざるなり」(作戦篇)としている。つまり、「拙速」のほうが「巧久」より良い」ということである。
(※)桃源に……「桃源」は桃の花が咲く村ぐらいの意味である。「桑間」は桑の木の間という意味である。鶏は「にわとり」だが「とり」と読む人もいる。なお、この文章は陶淵明の『桃花源記』にある。
(※)淳龐……素直で味わいのある。
(※)衰颯……生き生きとした感じがなくて寂しすぎる。

【原文】
文以拙進、衜以拙成。一拙字有無限意味。如桃源犬吠、桑閒鷄鳴、何等淳龐。至於寒潭之月、古木之鴉、工巧中、便覺有衰颯氣象矣。

 

95 自分が主役なのだから悠々と生きれば良い


【現代語訳】
自分がすべての主で、まわりのすべてのことやものは、それに付随するものと考えている人は、たとえ成功してもさほど喜ぶことはない。逆に失敗しても、くよくよしない。この大地の上で、悠々として生きていく。自分の主体性を失って、まわりのことやものに従い、ふり回される人は、逆境のときは他のせいにして憎む。また、順境のときは、その状態に執着する。そうして、ささいなことにも束縛されて、身動きがとれなくなる。

【読み下し文】
我(われ)を以(もっ)て物(もの)を転(てん)ずる(※)者(もの)は、得(とく)(※)は固(もと)より喜(よろこ)ばず、失(しつ)も亦(ま)た憂(うれ)えず、大地(だいち)も尽(ことごと)く逍遥(しょうよう)(※)に属(ぞく)す。物(もの)を以(もっ)て我(われ)を役(えき)する者(もの)は、逆(ぎゃく)は固(もと)より憎(ぞう)を生(しょう)じ、順(じゅん)も亦(ま)た愛(あい)を生(しょう)じ、一毛(いちもう)(※)も便(すなわ)ち纏縛(てんばく)(※)を生(しょう)ず。

(※)転ずる……付随する。他を自由に使いこなす。
(※)得……成功。ものを得る。
(※)逍遥……悠々とする。自由にさまよう。同条を読むと、現代人の主張かと思えるほどで、個人の自由と主体性についての説得力に頷かされる。20世紀フランスの哲学者で実存主義を主張したジャンポール・サルトルは「人間は自由であり、常に自分自身の選択によって行動すべきである」と言った。これは本項の主張と似ている。同時に『菜根譚』の凄みも感じることができる。本項の解釈については、本書の後集116条も参照。
(※)一毛……ささいなこと。一本の毛ほどの細かなこと。
(※)纏縛……束縛。

【原文】
以我轉物者、得固不喜、失亦不憂、大地盡屬逍遙。以物役我者、逆固生憎、順亦生愛、一毛便生纏縛。

 

96 本体と現象は切り離せない


【現代語訳】
本体としての理が空寂であるなら、現象としての事も空寂である。それなのに事を捨てて理に固執することにこだわることは、影を取り去って形を残そうとするようなものである。また、心が空寂であるなら、外境も空寂である。それなのに外境を捨て去って、心だけを存続させようというのは、生臭い肉を集めておいて、それにたかるぶよなどの虫を追い払うようなものである。

【読み下し文】
理(り)(※)寂(じゃく)(※)なれば則(すなわ)ち事(こと)も寂(じゃく)なり。事(こと)を遺(や)って理(り)を執(と)る者(もの)は、影(かげ)を去(さ)って形(かたち)を留(とど)むるに似(に)たり。心(こころ)空(くう)なれば則(すなわ)ち境(きょう)も空(くう)なり。境(きょう)を去(さ)って心(こころ)を存(そん)する者(もの)は、羶(せん)(※)を聚(あつ)めて蚋(ぜい)(※)を却(しりぞ)くるが如(ごと)し。

(※)理……「理」は宇宙の本体、「事」はその現象。絶対平等の本体である理と相対差別の現象である事とは相即不離の関係にある。これは仏教的見方の一つである(華厳の三法界観の一つとされている)。
(※)寂……空寂。仏教ではすべて空無であるとする。
(※)羶……生臭い肉。
(※)蚋……ぶよなどの虫。

【原文】
理寂則事寂。遺事執理者、似去影留形。心空則境空。去境存心者、如聚羶却蚋。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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