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第108回

97〜99話

2020.06.04更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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97 隠者の自由で気ままな生活


【現代語訳】
いわゆる隠者となっての風流は、すべて気ままに自分の意にかなったようにすることである。だから酒は無理強いしないで、自分たちの好きなように吞むのが楽しい。囲碁は勝ち負けに、こだわらないのが良い。笛は音律にこだわらないのが良く、琴は無絃のほうが高尚である。会食は日時を前もって約束しないで、偶然出会うほうが面白い。お客は送り迎えしないほうが気楽で良い。もし、世間一般のように形式や慣例にとらわれだしたら、隠者の生活ではなく、俗世間の面倒くさい人間関係になってしまう。

【読み下し文】
幽人(ゆうじん)(※)の清事(せいじ)(※)は総(すべ)て自適(じてき)に在(あ)り。故(ゆえ)に酒(さけ)は勧(すす)めざるを以(もっ)て勸(かん)と為(な)し、棋(き)は争(あら)そわざるを以(もっ)て勝(しょう)と為(な)し、笛(ふえ)は無腔(むくう)(※)を以(もっ)て適(てき)と為(な)し、琴(こと)は無絃(むげん)を以(もっ)て高(たか)しと為(な)し、会(かい)は期約(きやく)(※)せざるを以(もっ)て真率(しんそつ)と為(な)し、客(きゃく)は迎送(げいそう)せざるを以(もっ)て坦夷(たんい)(※)と為(な)す。若(も)し一(ひと)たび文(ぶん)に牽(ひ)かれ迹(あと)に泥(なず)まば、便(すなわ)ち塵世(じんせ)苦海(くかい)に落(お)ちん。

(※)幽人……隠者。
(※)清事……風流。
(※)無腔……音律がない。「腔」は音律、節。
(※)期約……日時を決める。いわゆる隠者生活だから、それでも良いと思うが、日本人はどうしても決めた日時をきちんと守るべきと考える。約束したことを守るというのもそうだ。現代では欧米流の契約の尊重にこだわる。『菜根譚』を愛読するようになったという我が国の政治家・田中角栄も「時間の守れない人間は、何をやってもダメだ」というのが、信条の一つだった。
(※)坦夷……気楽なこと。

【原文】
幽人淸事總在自適。故酒以不勸爲勸、棋以不爭爲勝、笛以無腔爲適、琴以無絃爲高、會以不期約爲眞卛、客以不迎送爲坦夷。若一牽文泥迹、便落塵世苦海矣。

 

98 絶対世界と自分の存在を考える


【現代語訳】
試みに、まだ自分が生まれない以前にどんな顔や姿をしていたか、死んだ後にどんな状態になるかを考えてみると良い。そうすると、あらゆる雑念が、火の気のなくなった灰のように冷えてしまい、本来の性だけが静かに現れてきて、自然に現実の世界を超越して、未だ生ぜざる以前の絶対世界に逍遥することができる。

【読み下し文】
試(こころ)みに未(いま)だ生(う)まれざるの前(まえ)(※)に、何(なん)の象貌(しょうぼう)有(あ)るかを思(おも)い、又(また)、既(すで)に死(し)するの後(のち)に、何(なん)の景色(けいしょく)を作(な)すかを思(おも)えば、則(すなわ)ち万念(ばんねん)は灰冷(かいれい)し、一性(いつせい)寂然(せきぜん)として、自(おの)ずから物外(ぶつがい)に超(こ)え(※)、象先(しょうせん)(※)に遊(あそ)ぶべし。

(※)未だ生まれざるの前……まだ自分が生まれない以前。禅家の「父母未生以前、本来の面目」と似ている。
(※)物外に超え……現実の世界を超越して。
(※)象先……未だ生ぜざる以前。『老子』の「吾(わ)れ、誰(たれ)の子(こ)なるかを知(し)らず、帝(てい)の先(せん)に象(に)たり」(無源第四)からの語と思われる。

【原文】
試思未生之歬、有何象貌、又思旣死之後、作何景色、則萬念灰冷、一性寂然、自可超物外遊象先。

 

99 先見の明、卓見のある人


【現代語訳】
病気になって健康が宝物であることがわかり、戦乱になって平和が幸せだとわかるのは、先見の明がある人とはいえない。これに対し、ひたすら幸福を願うことが禍いのもとであることを知っており、また、ことさら長生きをしたいと願うことが命を縮める原因となりうることを知っているのは、卓見の人であるといえる。

【読み下し文】
病(やまい)に遇(あ)いて後(のち)に強(きょう)の宝(たから)為(た)るを思(おも)い、乱(らん)に処(しょ)して後(のち)に平(へい)の福(さいわい)為(た)るを思(おも)うは、蚤智(そうち)(※)に非(あら)ざるなり。福(さいわ)いを倖(ねがい)て(※) 先(ま)ず其(そ)の禍(わざわ)いの本(もと)為(た)るを知(し)り、生(せい)を貪(むさぼ)りて先(ま)ず其(そ)の死(し)の因(いん)為(た)るを知(し)るは、其(そ)れ卓見(たっけん)なるかな。

(※)蚤智……先見の明。『論語』で、孔子は「人(ひと)、遠(とお)き慮(おもんばか)り無(な)ければ、必(かなら)ず近(ちか)き憂(うれ)え有(あ)り」(衛霊公第十五)と述べている。
(※)倖いて……願って。この「願って」には、特別のものを使って(例えば、不老長寿の薬を使ってなど)長生きをすることを願うというニュアンスがある。この点、先に紹介した貝原益軒の『養生訓』の立場とは異なっている。『論語』にもあるように「仁者(じんしゃ)は寿(いのちなが)し」(雍也第六)なのである。つまり、先のことを考えて、心のあり方も、飲食も十分に考えて対処していくことを楽しむ人であるべきとしている。つまり、「中庸」を忘れない生き方である。後集84条参照。『菜根譚』もこの立場に近いと思われる。

【原文】
遇病而後思強之爲寶、處亂而後思平之爲福、非蚤智也。倖福而先知其爲禍之本、貪生而先知其爲死之因、其卓見乎。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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