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第44回

127〜129話

2020.02.28更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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127 逆境困難、貧窮は本物の人物を育てる良い機会である


【現代語訳】
逆境、困難、貧窮は、優れた人間をつくり上げる鎔鉱炉(ようこうろ)のようなものである。このなかで鍛えられると心身ともに本物の使える人となっていくが、そうした機会もなく、ぬくぬくと育っていくと大した人物にはなりにくい。

【読み下し文】
横逆困窮(おうぎゃくこんきゅう)は、是(こ)れ豪傑(ごうけつ)を煆煉(かれん)する一副(いっぷく)の鑪錘(ろすい)なり。
能(よ)く其(そ)の煆煉(かれん)を受(う)くれば、則(すなわ)ち心身交(しんしんこもごも)益(えき)し、其(そ)の煆煉(かれん)を受(う)けざれば、則(すなわ)ち心身交(しんしんこもごも)損(そん)す。

(※)横逆……逆境。
(※)煆煉……つくり上げる。焼き鍛える。
(※)鑪錘……鎔鉱炉。なお、著者の洪自誠は中国で一五七三年に生まれているが、イギリスで1812年に生まれたサミュエル・スマイルズが『セルフヘルプ』(自助論)で多くの実例を挙げて同じようなことを述べている。例えば、次のように言う。「多くの場合、とても厳しい困難が、人を育て上げたということもできる。それは貧困のために働く意欲を呼び起こされたり、耐える力を鍛えられたりしたとみることができるからだ。そして、困難に出会わなければ眠ったままになったかもしれない才能が目覚めさせられたりもするからだ」(野中訳)。本項の解釈においては、本書の前集5条、68条、99条も参照。

【原文】
橫逆困窮、是煆煉豪杰的一副鑪錘。能受其煆煉、則身心交益、不受其煆煉、則身心交損。

 

128 理想の生き方、理想の世界


【現代語訳】
我が身は、それだけで一つの小天地である。喜びや怒りの気持ちを誤りなく、好き嫌いの気持ちも天地の法則にしたがっていれば、そこに調和の取れた人生が送れる。また、天地は、自分も含めた一つの大きな万物の父母である。すべての人々にうらみ嘆くものがなく、万物それぞれがさわりなくできれば、情が厚くて仲の良い理想の世界となる。

【読み下し文】
吾(わ)が身(み)は一小天地(いつしょうてんち)なり。喜怒(きど)をして愆(あやま)らず、好悪(こうお)をして則(のり)有(あ)らしめば、便(すなわ(ち是(こ)れ燮理(しょうり)(※)の功夫(くふう)なり。天地(てんち)は一大父母(いつだいふぼ)(※)なり。民(たみ)をして怨咨(えんし)(※) 無(な)く、物(もの)をして氛疹(ふんしん)(※) 無(な)からしめば、亦(ま)た是(こ)れ敦睦(とんぼく)(※)の気象(きしょう)なり。

(※)燮理……調和の取れた。やわらげおさめる。
(※)天地は一大父母……天地は物を生成する一大父母。これは万物一体観に基づく(本書の前集103条、後集87条参照)。なお、『老子』の體衟第一は、「名(な)無(な)きは天地(てんち)の始(はじ)め、名(な)有(あ)るは万物(ばんぶつ)の母(はは)なり」とする。佐藤一斎は、「天生(てんしょう)じて地(ち)之(これ)を養(やしな)う。人(ひと)は則(すなわ)ち地気(ちき)の精英(せいえい)なり」という(『言志四録』)。
(※)怨咨……うらみ嘆く。
(※)氛疹……さわり。
(※)敦睦……情が厚くて仲の良い。

【原文】
吾身一小天地也。使喜怒不愆、好惡有則、便是燮理的功夫。天地一大父母也。 使民無怨咨、物無氛疹、亦是敦睦的氣象。

 

129 不用意な人にならず、疑い深い人にもならない


【現代語訳】
「人に危害を加えようとする心は、持ってはいけない。しかし、人から危害を加えられるのを防ぐ心は、なくてはならない」。これは不用意な人を戒めた言葉である。また、「人に欺されてはいけないと神経をとがらせているよりも、人に欺されたほうがましだ」。これは、あまりにも神経質で疑い深いことで失敗する人を戒めた言葉である。この二つの言葉を理解し、実践していけば、思慮深くどっしりとした人でいられる。

【読み下し文】
人(ひと)を害(がい)するの心(こころ)は有(あ)るべからず、人(ひと)を防(ふせ)ぐ(※)の心(こころ)は無(な)かるべからず。此(こ)れ慮(おもんばか)るに疎(うと)きを戒(いまし)むるなり。寧(むし)ろ人(ひと)の欺(あざむ)きを受(う)くるも、人(ひと)の詐(いつわ)りを逆(むか)うこと毋(な)かれ。此(こ)れ察(さつ)に傷(やぶ)るる(※)を警(いまし)むるなり。二語(にご)並(なら)び存(そん)すれば、精明(せいめい)にして渾厚(こんこう)(※)ならん。

(※)人を防ぐ……人から危害を加えられるのを防ぐ。なお、『孫子』も「其(そ)の来(き)たらざるを恃(たの)むこと無(な)く、吾(われ)の以(もっ)て待(ま)つ有(あ)るを恃(たの)むなり」(九変篇)とする。『孫子』は兵法家らしく、防ぐ心とその準備は抜からないでおけとする。
(※)察に傷るる……神経質で疑い深いことで失敗する。「察」はよく考えるの意。なお、洪自誠より少し後に生まれた、ほぼ同世代の人にフランスのラ・ロシュフコーがいる。とても辛らつで皮肉屋のモラリストだが、珍しく、ここでの『菜根譚』の教えと同じようなことを言っている。「友を疑うのは友に欺かれるよりも恥ずかしいことだ」(二宮フサ訳『ラ・ロシュフコー箴言集』岩波文庫)。本項の解釈については、本書の前集159条も参照。
(※)渾厚……どっしりとしている。

【原文】
害人之心不可有、防人之心不可無。此戒疎於慮也。寧受人之欺、毋逆人之詐。此警傷於察也。二語竝存、精明而渾厚矣。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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