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第56回

163〜165話

2020.03.17更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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163 勤勉と節約の意味をはき違えてはいけない


【現代語訳】
もともと勤勉というのは、道徳の実践に励むということである。しかし、今では、何か成功しお金持ちになるために働くことのように考えられている。また、倹約というのは、お金に淡白であるという意味だが、今では、逆にケチの口実とされているようだ。このように、もともと君子の身を正しく守るための守り札が、かえって小人の私利私欲を実現していくための手段となってしまっている。惜しいことではないか。

【読み下し文】
勤(きん)(※)は徳義(とくぎ)に敏(さと)し、而(しか)るに世人(せじん)は勤(きん)を借(か)りて以(もっ)て其(そ)の貧(ひん)を済(すく)う(※)。倹(けん)は貸(か)利(り)に淡(あわ)し、而(しか)るに世人(せじん)は倹(けん)を仮(か)りて以(もっ)て其(そ)の吝(りん)を飾(かざ)る。君子(くんし)身(み)を持(じ)するの符(ふ)は、反(かえ)って小人(しょうじん)私(わたくし)を営(いとな)むの具(ぐ)と為(な)れり。惜(お)しい哉(かな)。

(※)勤……勤勉。熱心にはげむこと。
(※)貧を済う……成功しお金持ちになる。生活を向上させる。先に紹介したベンジャミン・フランクリンは、いわゆるアメリカ成功法則の元祖ともいわれるが、その主張の中心は、「勤勉」と「倹約」である。著書の『自伝』や『富への道』で、そのことを説いている。本項の批判は鋭く、後の世そして現代のことを述べているようだ。勤勉の結果、成功してお金持ちになることは良いことだが、出発点の勤勉とか倹約の意義を忘れやすいので注意しなさいということだろう。ただ、このことがかなり難しいことを『菜根譚』は指摘しているようだ。本項の立場は、『老子』に近いものといえる(本書の前集9条、29条、53条など参照)。『論語』は、お金儲けをそれだけでは批判しないのが面白い。孔子は「賜(し)は命(めい)を受(う)けずして貨殖(かしょく)す。億(はか)れば則(すなわ)ち廔〻(しばしば)中(あた)る」(先進第十一)とする。道理にかなうことをして、その上で儲かればそれは悪いことではないと見ている。

【原文】
勤者敏於德義、而世人借勤以濟其貧。儉者淡於貨利、而世人假儉以餝其吝。君子持身之符、反爲小人營私之具矣。惜哉。

 

164 思いつきやひらめきだけでは何事も続かない


【現代語訳】
思いつきで物事を始めると、最初はうまくいったとしても、熱が冷めてくるとやめてしまう。これでは、限りない前進などありえないことだ。また、感覚のひらめきで悟りを開いたとしても、本当に悟ったわけではないので、すぐに迷いが出てくる。これでは、永久の悟りなど開けるものではない。

【読み下し文】
意(い)の興(おこ)る(※)に憑(よ)りて作為(さくい)するは、随(したが)って作(な)せば(※)則(すなわ)ち随(した)がって止(や)む。豈(あ)に是(こ)れ不退(ふたい)の輪(りん)(※)ならんや。情(じょう)の識(し)るに従(したが)いて解悟(かいご)するは、悟(さと)ること有(あ)れば則(すなわ)ち迷(まよ)うこと有(あ)り。終(つい)に常明(じょうみょう)の燈(ともしび)(※)に非(あら)ず。

(※)意の興る……思いつく。経営学者のピーター・ドラッカーも「天才的なひらめき思いつきに頼るオーナー企業家は、ひらめきのように消えていった」と経験を語っている(『未来企業』ダイヤモンド社)。『論語』も政治についてだが「倦(う)むこと無(な)かれ」(子路第十三)と述べている。また、教育についても「人(ひと)を誨(おし)えて倦(う)まず」(述而第七)とし、思いつきだけで続かない教育を戒めている。
(※)随って作せば……随~随~は、動作が続いて行われることを指す。うまくやったかと思うと、すぐにやめてしまう。
(※)不退の輪……限りない前進。なお、久須本文雄『菜根譚』(講談社)によると、「不退の輪」とは「維摩(ゆいま)経(仏国品)や法華経(分別功徳品)の『不退の法輪を転ず』に由来するもので、不退転輪をいうのである」という。
(※)常明の燈……常夜燈。毎夜仏前に供える燈火。仏の智慧の光をたとえたもの。

【原文】
憑意興作爲者、隨作則隨止。豈是不退之輪。從情識解悟者、有悟則有迷。終非常明之燈。

 

165 他人の過ちには寛大であれ。他人の苦しみには手を差しのべよ


【現代語訳】
人の過ちには寛大であるべきだ。しかし、自分の過ちには厳しくなくてはならない。自分の苦しみはじっと耐えなければならない。しかし、人の苦しみには手を差しのべるべきだ。

【読み下し文】
人(ひと)の過誤(かご)は宜(よろ)しく恕(じょ)(※)すべし、而(しか)れども己(おのれ)に在(あ)りては則(すなわ)ち恕(じょ)すべからず。己(おのれ)の困辱(こんじょく)(※)は当(まさ)に忍(しの)ぶべし、而(しか)れども人(ひと)に在(あ)りては則(すなわ)ち忍(しの)ぶべからず(※)。

(※)恕……寛大。許す。思いやる。金谷治氏は、恕とは「真心を推し及ぼして他人への思いやりをあらわすこと」とする(金谷治『孔子』講談社学術文庫)。なお、「恕」は孔子の大好きな言葉で、仁につながる信条の一つとなっている。『論語』では「曾子(そうし)曰(いわ)く、夫子(ふうし)の道(みち)は忠恕(ちゅうじょ)のみ」(里仁第四)とし、子貢が一生の間実践していくよい言葉を尋ねると、孔子は「其(そ)れ恕(じょ)か」(衛霊公第十五)と答えている。
(※)困辱……苦しみ。つらいこと。困苦恥辱の意。本項の解釈については、本書の集117条も参照。
(※)忍ぶべからず……黙っていてはいけない。なお、前に述べたように『孟子』は、「人(ひと)皆(みな)、人(ひと)に忍(しの)びざるの心(こころ)有(あ)り」(公孫丑上篇)として、この心を惻隠の情とし、「仁(じん)の端(たん)なり」といわゆる四端説を述べ、性善説へと展開している。

【原文】
人之過誤宜恕、而在己則不可恕。己之困辱當忍、而在人則不可忍。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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