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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第3回

4話~6話

2018.01.17更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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4 トップの度量(人の意見を聞き入れることができる人かどうか)が勝敗を分ける

【現代語訳】

もし君主が、私のこれまで述べた五つの基本事項と七つの具体的指標による計算、計略を採用するならば、私が軍隊を用いることで必ず勝つことになる。そうであれば私はこの地に留まり、具体的な策を練るだろう。
しかし、もし、君主が先の計算、計略を聞き入れなければ必ず敗れることになる。そうであれば、私はこの地を去るので、具体的な策を練ることはない。
先の計算、計略が有利であるとして、採用されれば、こちらの勝利の態勢を整えることができるから、あとは軍隊に勢いをつけて外側からの助けとする。
勢いとは、そのときの有利な状況に応じて、勝利を手にするための臨機応変の処置をとることをいう。

【読み下し文】

将(も)し(※) 吾(わ)が計(けい)を聴(き)かば、これを用(もち)うれば必(かなら)ず勝(か)つ。これに留(とど)まらん。将(も)し吾(わ)が計(けい)を聴(き)かざれば、これを用(もち)うるも必(かなら)ず敗(やぶ)る。これを去(さ)らん。計(けい)、利(り)として以(もっ)て聴(き)かるれば、乃(すなわ)ちこれが勢(せい)を為(な)して(※)、以(もっ)て其(そ)の外(そと)を佐(たす)く。勢(せい)とは利(り)に因(よ)りて権(けん)(※)を制(せい)するなり。

  • (※)将し……「もし」を意味する助字。「将」を「将軍」と解する説もある(吉田松陰など)。本文のように解すると、ここで「留まる」あるいは「去る」のは著者である孫子自身ということになる。「将軍」と解する説では、「去る(去らせる)」のは孫子以外の将軍となる。
  • (※)勢を為して……五つの基本事項と七つの具体的指標(いわゆる五事七計)は、兵法の常道(戦わずして勝つ)である。その上で、実際の戦いにおいて、臨機応変の「詭道」をなすのが孫子の立場である。なお、「勢」については第五章(勢篇)で詳しく論ぜられる。
  • (※)権……もともとははかりのことで、「比べること」の意。ここで「権を制する」とは、「勝利を我が方のものにする」を意味する。

【原文】

將聽吾計、用之必勝、留之、將不聽吾計、用之必敗、去之、計利以聽、乃爲之勢、以佐其外、勢者因利而制權也

5 勝つために敵を欺(あざむ)く

【現代語訳】

戦争とは、敵を欺くことである(戦いは敵を欺くことなしには勝てない)。

【読み下し文】

兵(へい)とは詭道(きどう)(※)なり。

(※)詭道……相手を詐(いつわ)り欺くやり方。この語句との関連で「兵」を忠実に「戦争」と訳したが、このことについて補足しておきたい。「兵」とは、一般に「戦争」のことであるとされるが、ここでは、戦闘とか(具体的な)戦いと超訳したほうが、孫子の意図に合うようにも思われる。というのも、先に見た五つの基本事項(勝つために備えるべき基本条件)と七つの具体的な指標は、「詭道」を用いることで逆転しないからだ。つまり、いくら相手を欺いても国力や軍隊の実力を備えることなくして戦争に勝つことはできないと見ているからだ。これは戦術をもって戦略を変えることができないのと同じである。たとえば太平洋戦争での真珠湾攻撃やマレー作戦は戦術としては優れた結果を生んだが、五事七計に基づく戦略をくつがえすことはできなかったのである。

【原文】

兵者詭衜也、

6 敵を欺く方法

【現代語訳】

このように戦争とは、敵を欺くことだから、自軍に能力があっても敵には能力がないように見せなくてはならない。
ある作戦を用いる際、敵にはそれを用いないように見せる。
自軍が目的地近くにいても、敵には遠くにいるように見せ、目的地から遠く離れたところにいても、敵には近くにいるように見せる。
敵が利益を欲しがっているときは、利益を見せて敵を誘う。
敵が混乱しているときは、一気に攻めとる。
敵が充実しているときは、無理せずしっかり守り備える。
敵が強いときは、敵との接触を避ける(正面衝突を避ける)。
敵が怒っているときは、さらに敵を挑発してかき乱す。
敵が謙虚なときは、敵をおごり高ぶらせる。
敵が楽をしているときは、敵を疲れさせる。
敵が親しみ合っているときは、その関係を分裂させてバラバラに離すようにする。
こうして敵の備えのないところを攻め、敵の不意をつくのである。これが兵法家の勝利の法則である。それは状況に応じて行うものであるため、戦争前に具体的に伝えることはできない(あらかじめ固定して考えてはいけない)。

【読み下し文】

故(ゆえ)に能(あた)うもこれに能(あた)わざるを示(しめ)し、用(もち)うるもこれに用(もち)いざるを示(しめ)し、近(ちか)くしてこれに遠(とお)きを示(しめ)し、遠(とお)くしてこれに近(ちか)きを示(しめ)し、利(り)にしてこれを誘(さそ)い、乱(らん)にしてこれを取(と)り、実(じつ)にしてこれに備(そな)え、強(きょう)にしてこれを避(さ)け、怒(ど)にしてこれを撓(みだ)し(※)、卑(ひ)にしてこれを驕(おご)らせ、佚(いつ)にしてこれを労(ろう)し(※)、親(しん)にしてこれを離(はな)す。其(そ)の無備(むび)を攻(せ)め、其(そ)の不意(ふい)に出(い)ず。此(これ)兵家(へいか)の勝(しょう)、先(さき)に伝(つた)うべからざるなり(※)。

  • (※)撓し……「撓」は「どう」とも読む。また、「撓」は「擾(じょう)」に通じ、かき乱すことを意味する。
  • (※)佚にしてこれを労し……「佚」は「楽」、「労」は「疲れる」の意。なお、第六章・虚実篇38話には、「敵、佚すれば能くこれを労し」、第七章・軍争篇53話には、「佚を以て労を待ち」という似た表現がある。これらは、それぞれ「敵が余裕を持って楽にしていれば、これを疲れさせるようにして」、「味方は十分休養をとった状態で疲れた敵を待つ」の意味となる。
  • (※)先に伝うべからざるなり……本書のように解するのが通説であるが、山本七平氏は「兵法家の勝利の法則を先の五事七計に先行させてはならない」と解される。同じように山鹿素行も考えていた。本書のように解すると、五事七計との関係はどうなるかが問題となる。それは、五事七計ですでに勝敗はわかっているが、どのような戦術で勝つかは前もってわからないということになろう。

【原文】

故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近、利而誘之、亂而取之、實而備之、强而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之、攻其無備、出其不意、此兵家之勝、不可先傳也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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