第1回
序文ー本田美和子
2019.10.07更新
科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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彼女の高校の同級生が私の大学の同級生だった縁で、私は大島寿美子さんと出会いました。大学院で生物学を学んだ後、科学分野に詳しい共同通信の記者として活躍している大島さんの話を聞くのは、いつもとても楽しいものでした。私が米国フィラデルフィアの病院で過ごしていた頃に、大島さんはフルブライト奨学金を得て、マサチューセッツ工科大学で科学ジャーナリズムを学ぶためにボストンでの生活を始めました。共に海外で過ごす心細さや楽しさを分かち合える友人として、私たちはたくさんのことを語り合ってきました。科学の本質をわかりやすく伝えることに熱心に取り組んでいた大島さんは、帰国後に大学でジャーナリズムとコミュニケーションを教えることになってからも、医学情報を必要とする人々へ平易でしかも充実した科学的知識と心理的なサポートを届け続けている頼もしい友人でした。
私は米国で老年医療を学び、帰国してからも臨床医として働いてきましたが、脆弱な状況にある高齢の患者さんに私たちが届けたい医療を受け取ってもらうことの難しさを日々感じていました。とりわけ認知機能が低下している方々への対応には、医療・介護従事者のみならず、ご家族も社会も新たな取り組みが必要となる時代になってきたことを痛感する中で、フランスにこれまでとは異なるやりかたでとても穏やかにケアを受け入れてもらえる技法があることを知り、2011年の秋にフランスに見学に行きました。そこで見たものは、「ケアをする人とは何か」「人とは何か」を考え、「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを相手が理解できる形で届けるために、複数のコミュニケーションの要素を組み合わせて同時に実践する、というケア技法「ユマニチュード」でした。
フランスの旅から戻り、同僚の看護師さんたちにこの技法の話をすると、「ぜひ学んでみたい」という要望をたくさん受け取りました。私が悩んでいたのと同じように、看護師さんたちもまた、解決策を求めていたからです。
イヴ・ジネスト先生、ロゼット・マレスコッティ先生は快く私たちの願いを聞き届けてくださり、2012年の夏から日本でのユマニチュードのトレーニングが始まりました。看護・介護の専門職だけでなく、医学教育の専門家からもこの技法は注目されました。旭川医科大学医学部は、世界で初めて医学教育の正規のカリキュラムにユマニチュードを導入しました。その1年生を対象とした授業を行った2017年の冬、たまたま出張で旭川に来ていた大島さんと食事をすることになりました。
もともとユマニチュードについて興味を寄せてくれていた大島さんでしたが、旭川医科大学の学生の様子や、日本で始まった京都大学との共同研究、さらにフランスの医療・介護施設に視察に行く予定などについて話をしたところ、「2018年は1年間の研究休暇をとることにしているので、もしよかったらその間にユマニチュードのことをもっとよく知ることができたらうれしいんだけど」と思いがけない提案をしてくれました。
とてもうれしい大島さんの言葉にもちろん異存あるはずもなく、2018年の春に私たちはフランスのユマニチュードを導入している施設や病院3ヶ所を訪れる旅に出ました。どこへ行っても、誰と会っても、彼女の質問や感想はいつも新しい視点をもたらしてくれ、彼女が書き留めたノートはどんどんたまっていきました。旅の途中で、大島さんが「この経験をルポルタージュとしてまとめてみたい」と話してくれたとき、私も大島さんのユマニチュードについての考察をぜひ読んでみたいと思いました。そうして生まれたのがこの本です。
さらに、ジャーナリストとしての観察にとどまらず、「もっとユマニチュードのことを知りたい」と多くの医療・介護専門職と共に大島さんは10週間のユマニチュード・インストラクターの研修を受けて首席で試験に合格し、ユマニチュードの指導者の資格をとりました。2019年春に研究休暇を終え、大学に戻ってからは学生へのユマニチュードの指導も始めてくれています。
別々の道を歩んでいた学生時代の友人と、思いがけないところでその道が交差して、昔のように共に語り合う時間を重ねることができた幸運に私はとても感謝しています。大島寿美子さんの思索を通じて、ケアとは何か、人生とは何か、と考える旅を一緒に楽しんでいただけたら、うれしく思います。
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