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第2回

フランスでのユマニチュード認証施設訪問

2019.10.15更新

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 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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 2018年4月。ユマニチュードの発祥の地フランスに、医学、心理学、情報学の研究者やケアの専門家など10名余りが集まった。フランスの介護施設や病院を視察するためだ。ユマニチュードに関する研究のためのデータ収集や技術の習得、課題の発見が目的である。
 この視察団の一員として、私もアルザス、トロワ、パリの3ヶ所の施設や病院を訪れた。見学した3ヶ所のうち、アルザスとトロワの2ヶ所はユマニチュードの「認証」を取得している介護施設だ。
 ユマニチュードを生み出したフランス。施設や病院ではどのようにユマニチュードが実践されているのだろうか。この技術の導入によってどんな変化がもたらされたのだろう。日本との共通点や相違点は何なのだろうか。尽きない疑問を胸に、現地で施設やケアを見せてもらい、入居者や職員と交流した。
 この章では、フランスでユマニチュードの認証を受けた施設のルポを中心に、フランスでの高齢者ケアの状況を紹介する。

アルザス地方の町営施設

 パリから車で東へ5時間。春らしい暖かな日差しが降り注ぐアルザス地方の町、イルザックにやってきた。ドイツとスイスの国境近くに位置する人口1万5000人弱の町。すぐ隣には、かつてフランスのマンチェスターと呼ばれた工業都市ミュールーズがある。目立った観光施設はないが、のんびりと過ごしたくなるような緑豊かな町だ。
 一行が訪れたのは町の中心部から南東へ2キロの所に建つ町営の老人ホーム、セコイア。ユマニチュードの創始者、イヴ・ジネスト氏が日本の高齢者ケアのモデルになると考え、視察先として選んだ施設の1つである。
 施設は1994年に建てられた。玄関を中心にゆるやかにカーブを描いた4階建ての現代的な建物。コンクリートと木を組み合わせた外観。壁面には現代アート風の壁画。周りには広々とした芝生、玄関脇には赤や黄色の花が植えられた花壇。玄関の上には各階にテラスが設けられている。すぐ側には高齢者の集合住宅や保育園、福祉事務所もある。教会のような塔が印象的な福祉事務所はかつて修道院として使われていた建物だ。

セコイアの施設外観。玄関上の各階のテラスは広く、開放感がある。


 セコイアの入居者は96人。そのうち、症状が重い認知症の特別棟に13人が入居している。一般居住棟、特別棟を含め入居者の65パーセントがアルツハイマー型かそれに近い認知症の患者だ。最も若い入居者が60歳、最高齢は102歳だという。全従業員数は84人。平均年齢は38歳だ。看護師は5人。日中は介護士1人あたり14人の入居者を担当する。
 各階に28部屋ずつある居室は24平方メートルの個室。洗面所とシャワー、トイレを備えたバスルーム付きである。法律により、すべての個室にはシャワーを併設することになっているのだという。費用は入居者が半分負担、残り半分を県の補助金と健康保険でまかなっている。入居者の支払平均額は1日あたりおよそ60ユーロ(日本円で7000円)。月額ではおよそ1900ユーロ(同22万円)。フランスの公共の老人ホームとしては平均的な金額だという。
 大きな窓から光がふんだんに入るミーティングルームに通された。私たちを迎え入れてくれたのは、イルザックの町長とセコイアの施設長、看護部長、スタッフの方々。高齢者のボランティア組織の代表の方もいる。町長から歓迎の言葉と町の紹介をしてもらい、施設長やスタッフから施設の概要についての説明を受ける。
 休憩後、施設内を案内してもらう。部屋を出たところで白衣の男性に出会った。施設の医師だという。フランスでは連携医師と呼んでいる。なぜなら、入居者の主治医は施設外にいるからだ。入居者はかかりつけ医との関係を入居後も維持する。診察が必要なときは主治医が施設を訪問する。連携医師は主治医と施設との連携や入居者の健康管理を行うのが仕事だ。現在、43人の医師が訪問診療に来ているという。連携医師はパートタイムで週2日、午後に施設で勤務する。「連携医師は日本にはいないが、素晴らしい制度だ」とジネスト氏。
 吹き抜けの玄関からエレベーターで2階に上がり、廊下を歩く。木がふんだんに使われた内装。居室の扉も木製だ。壁にはあちこちに額に入った絵が飾られている。近くの小学校の生徒が描いたものだという。反対側は大きな窓。窓辺に置かれた観葉植物は光を浴び、葉を茂らせている。
 廊下の途中、アンティークの本棚や椅子、テーブルが置かれたホールで数名の入居者とスタッフに出会った。一緒にいたのは2頭のゴールデンレトリバー。アニマルセラピーをしているようだ。1頭のレトリバーがセラピストに付き添われ、尻尾を振りながら車椅子の女性に近づき膝の上に顎を乗せた。女性が手を伸ばし、レトリバーの頭を何度もなでながら笑顔で話しかけている。別の車椅子の女性にもう1頭が近づく。反応がなかった女性の表情が少し変わった。手首が左右に動いた。手を振ろうとしているようだ。
 入居者の男性が歩いてやってきて私たちに挨拶をしてくれた。1頭がシーツを敷いたテーブルの上に乗った。セラピストに勧められ、男性がレトリバーの身体にブラシをかける。男性がブラシを返すとセラピストが言った。「こっちがサムです」「優しいね」。終わると布のボール投げが始まった。歩行器の女性にもスタッフがボールを渡す。女性がボールを投げ、取りに行くレトリバーの動きを目で追って笑顔を見せた。明るい光の射し込むホールでの楽しい午後のひとときだ。
 お礼を言って、廊下を進む。壁際に置かれている機械をジネスト氏が見つけた。立位補助機だ。ジネスト氏が使い方を実演する。椅子に座った状態で背中に柔らかなクッション付きのベルトを回す。足を台の上に乗せ、膝を板状のパッドにつける。ベルトをハンドルに取り付け、ハンドルを握ってもらう。スイッチを入れるとハンドルが斜め上に上がり、身体が伸びて立てる仕組みだ。背中のベルトに寄りかかることができるので、膝の力が弱い人でも立位を保持できる。「これで立って保清ができます」とジネスト氏。「これがあるおかげで職員の負担軽減にも役立っています」と施設長が言う。
 セコイアでは各階の廊下に1台、立位補助機を用意している。キャスター付きなので、必要な時に入居者の部屋に移動させて使うことができる。立った状態で入居者の清拭をするだけでなく、ベッドから立位補助機に移乗し、そのままシャワー室に行くこともできる。ジネスト氏によれば、フランスに19ヶ所(2019年8月現在)あるユマニチュードの認証施設にはすべて立位補助機があるという。

立位補助機の使い方を実演するジネスト氏。

 

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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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