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第172回

426〜428話

2021.12.01更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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34‐1 地位、権勢、財力などに我が志の高さは気おくれなどしない

【現代語訳】
孟子は言った。「地位、権勢、財力をかさにきて偉そうな人たちと接し話すときは、相手を軽く見てかかれ。相手の華やかな見かけに惑わされるな。彼らの御殿の高さは数仞もあって、その使われている垂木(たるき)の頭部分が数尺はあるかもしれない。しかし、そんなものは、私が志を得てできるときがあろうとも、決してつくらないものだ。また、ごちそうを前に一丈四方にも並べ、侍女は数百人はいるのかもしれないが、私が志を得て、そのようなことができるときがきたとしてもそんなことは決してやらない。さらに、大いに楽しんで酒を飲み、車馬を走らせて狩猟をし、その後には千台もの車をつらねたりもしよう。しかし、自分は志を得てそのようなことができるときがきたとしても決してやらないことだ。地位、権勢、財力をかさにきて偉そうにしている人たちにあるものは、私が決してやらないものばかりである。私にあるものは、昔の聖王たちが決めた正しいきまりで、彼らの持つものよりはるかに貴重なものである。だから、どうして彼らを恐れることなどあろうか」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、大人(たいじん)(※)に説(と)くには、則(すなわ)ち之(これ)を藐(かろ)んぜよ。其(そ)の巍巍然(ぎぎぜん)(※)たるを視(み)ること勿(な)かれ。堂(どう)の高(たか)さ数仞(すうじん)(※)、榱題(しだい)(※)数尺(すうしゃく)。我(われ)志(こころざし)を得(う)るも為(な)さざるなり。食前(しょくぜん)方丈(ほうじょう)(※)、侍妾(じしょう)数百人(すうひゃくにん)。我(われ)志(こころざし)を得(う)るも為(な)さざるなり。般楽(はんらく)(※)して酒(さけ)を飲(の)み、駆騁(くてい)田猟(でんりょう)し、後車(こうしゃ)千乗(せんじょう)。我(われ)志(こころざし)を得(う)るも為(な)さざるなり。彼(かれ)に在(あ)る者(もの)は、皆(みな)我(わ)が為(な)さざる所(ところ)なり。我(われ)に在(あ)る者(もの)は、皆(みな)古(いにしえ)の制(せい)(※)なり。吾(わ)れ何(なん)ぞ彼(かれ)を畏(おそ)れんや。

(※)大人……ここでの意味は、王侯、貴族のような尊貴の人のことだとされている。私は広く、地位、権勢、財力をかさにきて偉そうな人とした。後に続く『孟子』の力強い文章の趣旨に合うと考えたからである。本章も孟子らしい気概を高らかに述べた文章である。
(※)巍巍然……華やかな様。富貴の凄い見かけの様。なお、滕文公(上)第四章七の「巍巍平」の注釈参照。
(※)仞……八尺、七尺、四尺の説がある。当時の尺は二三センチメートル前後とされ、後には約三三・三センチメートルとされた。
(※)榱題……垂木の頭部分。「榱」は垂木、「題」は頭を意味する。
(※)食前万丈……食物が前に並ぶこと。一丈四方。
(※)般楽……大いに楽しむこと。
(※)古の制……昔の聖王たちが決めた正しい決まり。

【原文】
孟子曰、說大人、則藐之、勿視其巍巍然、堂高數仭、榱題數尺、我得志弗爲也、食前方丈、侍妾數百人、我得志弗爲也、般楽飮酒、驅騁田獵、後車千乘、我得志弗爲也、在彼者、皆我所不爲也、在我者、皆古之制也、吾何畏彼哉。

35‐1 修養で一番良いのは欲を少なくすることである

【現代語訳】
孟子は言った。「人が本心を修養するには、欲を少なくすることより良い方法はない。その人となりが欲の少ない者は、仁義の本心が欠けることがあっても、それはほんの少しである。その人となりが、多欲の者は、仁義の本心がいくらあるといっても、それはほんの少しである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、心(こころ)を養(やしな)うは寡欲(かよく)(※)より善(よ)きは莫(な)し。其(そ)の人(ひと)と為(な)りや寡欲(かよく)なれば、、存(そん)(※)せざる者(もの)有(あ)りと雖(いえど)も、寡(すくな)し。其(そ)の人(ひと)と為(な)りや多欲(たよく)なれば、存(そん)する者(もの)有(あ)りと雖(いえど)も、寡(すくな)し。

(※)寡欲……欲を少なくする。欲が少ない。なお、『論語』でも孔子は次のように述べる。「子(し)曰(いわ)く、吾(わ)れは未(いま)だ剛(ごう)なる者(もの)を見(み)ず。或(あ)るひと対(こた)えて曰(いわ)く、申棖(しんとう)と。子(し)曰(いわ)く、棖(とう)や慾(よく)あり、焉(いずく)んぞ剛(ごう)なるを得(え)ん」(公冶長第五)。孟子自身も公孫丑(上)第二章五で「浩然の気」を養うことで「至大至剛」となると論じている。また、吉田松陰は本章を小さいころから愛唱していたと述べる。
(※)存……仁義の本心を養い存する(朱子など通説)。なお、離婁(下)第二十八章一では「君子(くんし)は仁(じん)を以(もっ)て心(こころ)を存(そん)し、礼(れい)を以(もっ)て心(こころ)を存(そん)す」と述べている。また、告子(上)第八章二では「人(ひと)に存(そん)する者(もの)と雖(いえど)も、豈(あに)仁義(じんぎ)の心(こころ)無(な)からんや」と述べている。

【原文】
孟子曰、養心莫善於寡欲、其爲人也寡欲、雖有不存焉者、寡矣、其爲人也多欲、雖有存焉者、寡矣。

36‐1 曾子の孝心

【現代語訳】
(曾子の父)曾晳は、羊(よう)棗(そう)の実が大好きであった。それで曾子は、父の死後、羊棗を食べるのが忍びなかった。そのことを(弟子の)公孫丑は問うて言った。「膾炙(なますとあぶり肉)と羊棗はどちらがおいしいですか」。孟子は答えた。「膾炙のほうだろう」。そこで公孫丑は言った。「では、曾晳だって膾炙を食べたでしょうに。だけれどもどうして曾子は、膾炙を食べるのに、羊棗は食べなかったのですか」。孟子は言った。「膾炙は誰もが皆好んで食べるものだが、羊棗は曾晳だけが特に好んで食べたものだからである。昔から君や父の名を忌んで口にしないが、姓は忌まないことになっている。これは、姓は一族皆の共通のものであるが、名はその人だけのものだからである(だから曾子は羊棗もこれと同じに思ったのである)」。

【読み下し文】
曾晳(そうせき)(※)羊棗(ようそう)を嗜(たしな)む。而(しか)して曾子(そうし)羊棗(ようそう)(※)を食(くら)うに忍(しの)びず。公孫丑(こうそんちゅう)問(と)うて曰(いわ)く、膾炙(かいしゃ)(※)と羊棗(ようそう)と孰(いず)れか美(うま)き。孟子(もうし)曰(いわ)く、膾炙(かいしゃ)なるかな。公孫丑(こうそんちゅう)曰(いわ)く、然(しか)らば則(すなわ)ち曾子(そうし)は何(なん)為(す)れぞ膾炙(かいしゃ)を食(くら)いて、羊棗(ようそう)を食(くら)わざる。曰(いわ)く、膾炙(かいしゃ)は同(おな)じゅうする所(ところ)なるも、羊(よう)棗(そう)は独(ひと)りする所(ところ)なればなり。名(な)を諱(い)みて姓(せい)を諱(い)まざるは、姓(せい)は同(おな)じゅうする所(ところ)なるも、名(な)は独(ひと)りする所(ところ)なればなり。

(※)曾晳……離婁(上)第十九章二参照。
(※)羊棗……なつめの種類だという説が有力だが、柿の種類だという説もある。
(※)膾炙……「膾」はなます、「炙」はあぶり肉。

【原文】
曾晳嗜羊棗、而曾子不忍食羊棗、公孫丑問曰、膾炙與羊棗孰美、孟子曰、膾炙哉、公孫丑曰、然則曾子何爲食膾炙、而不食羊棗、曰、膾炙所同也、羊棗所獨也、諱名不諱姓、姓所同也、名所獨也。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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