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第60回

175〜177話

2020.03.24更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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175 目立って生きると非難も受けやすい


【現代語訳】
主義を売りものにしている者は、必ずその主義のために非難を受けることになる。道徳を売りものにする者は、常にその道徳によって災いを招くことになる。だから君子は、悪い人、悪いことには近づかないし、また良い評判を立てることなく、ただ円満で温和な気持ちを守っているだけである。これが最高の生き方である。

【読み下し文】
節義(せつぎ)(※)を標(ひょう)する者(もの)は、必(かなら)ず節義(せつぎ)を以(もっ)て謗(そし)りを受(う)け、道学(どうがく)を榜(ぼう)する者(もの)は、常(つね)に道学(どうがく)(※)に因(よ)って尤(とが)めを招(まね)く。故(ゆえ)に君子(くんし)は悪事(あくじ)に近(ちか)づかず、亦(ま)た善名(ぜんめい)(※)を立(た)てず、只(た)だ渾然(こんぜん)(※)たる和気(わき)のみ。纔(わず)かに是(こ)れ身(み)を居(お)くの珍(ちん)(※)なり。

(※)節義……節操があって正しいと主張する生き方をすること。正しいと主張する主義に生きること。
(※)道学……本来、中国宋代に興った儒学のことをいう。北宋の程子や南宋の朱子がそれまでの儒学を再編し、宇宙の哲学を「道」の言葉で説いたことによる。朱子学・理学ともいわれる(『四書五経』 竹内照夫著 東洋文庫参照)。だが、ここでは多分に揶揄の気持ちが込められているであろう。「道学先生とは、朱子学的な道徳を重んずるばかりで、世俗にうとくなってしまった学者をからかう言葉である」(『菜根譚』 湯浅邦弘著 中公新書)。
(※)善名……良い評判。
(※)渾然……円満。
(※)珍……珍宝。最高の生き方。

【原文】
標節義者、必以節義受謗、榜衜學者、常因衜學招尤。故君子不近惡事、亦不立善名、只渾然和氣。纔是居身之珍。

 

176 どんな人でも自分の心得次第で正しい道に導ける


【現代語訳】
うそをついて他人をだます人に会ったら、誠実な心をもって接することで、その人を感動させ改めさせたい。乱暴者には穏やかに接して、これを感化し変わってもらいたい。心のねじれ曲がった人に会ったら、正義と気概でもってその人を大いに励ましたい。こうして、世のなかに存在する人たちはすべて私が感化していける対象なのである。

【読み下し文】
欺詐(ぎさ)の人(ひと)(※)に遇(あ)わば、誠心(せいしん)を以(もっ)て之(これ)を感動(かんどう)し、暴戻(ぼうれい)の人(ひと)(※)に遇(あ)わば、和気(わき)を以(もっ)て之(これ)を薫蒸(くんじょう)(※)し、傾邪私曲(けいじゃしきょく)の人(ひと)(※)に遇(あ)わば、名義気節(めいぎきせつ)(※)を以(もっ)て之(これ)を激礪(げきれい)す。天下(てんか)、我(わ)が陶冶(とうや)(※)の中(なか)に入(はい)らざること無(な)し。

(※)欺詐の人……うそをついて他人を詐す人。
(※)暴戻の人……乱暴者。
(※)薫蒸……いぶし蒸す。感化し変わらす。
(※)傾邪私曲の人……心のねじ曲がった人。
(※)名義気節……正義と気概、心意気。
(※)陶冶……育成。感化。なお、孔子は、『論語』のなかで「己(おのれ)を脩(おさ)めて以(もっ)て人(ひと)を安(やす)んず」の人を君子といった(憲問第十四)。つまり、自分が修養していくことで日々向上すれば、まわりの人もそれに感化されて良くなっていくとした。ただこれは、「そう簡単なことではないぞ」と愛弟子の子路に教えている。

【原文】
遇欺詐的人、以誠心感動之、遇暴戾的人、以和氣薰蒸之、遇傾邪私曲的人、以名義氣節激礪之。天下、無不入我陶冶中矣。

 

177 一人の前向きな良き心が、将来の時代を良くしていく


【現代語訳】
一人ひとりのちょっとした誠実な思いやりの心が、この世になごやかな気持ちをかもし出す。私たちのほんのわずかの心の潔白さが、百代後までも、清々しくかぐわしい香りを、明らかに伝えていくのだ。

【読み下し文】
一念(いちねん)の慈祥(じしょう)(※)は、以(もっ)て両間(りょうかん)の和気(わき)を醞醸(うんじょう)(※)すべく、寸心(すんしん)の潔白(けっぱく)は、以(もっ)て百代(ひゃくだい)の清芬(せいふん)(※)を昭垂(しょうすい)(※)すべし。

(※)慈祥……誠実な思いやりの心
(※)醞醸……かもし出す。自然と醸成する。
(※)清芬……清々しくかぐわしい香り。
(※)昭垂……明らかに伝える。『武士道』で世界的に有名な新渡戸稲造の『菜根譚』好きは知られるところである。各著作では熱心なキリスト教徒の学者らしく、聖書や西洋古典の引用が多いが、東洋では、『菜根譚』の他に佐藤一斎、西郷隆盛の著書などが多い。『武士道』の終わりのところで、この『菜根譚』の本項に教示を受けたと思われる文章があるので紹介する。「武士道は一つの独立した道徳規範としては消えるかもしれない。(中略)しかし、その栄光はこれらの廃虚を越えて長く生き延びるであろう。その象徴としての桜の花のように、四方の風に吹き散らされても、その香りで人類を豊かにし、人類を祝福するだろう。何世代か後に、武士道の習慣が葬り去られても、その香りは遠くて見えない丘から、風に漂って降りてくるに違いない」(野中訳)。武士道の精神が残ってほしいこと、残っていくに違いないと未来の日本人に『菜根譚』の表現方法を借りて、見事に前向きにとらえてくれているすばらしい文章であると思う。もちろん、本項の内容もすばらしい。なお、前集147条参照。

【原文】
一念慈祥、可以醞釀兩閒和氣、寸心洯白、可以昭垂百代淸芬。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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