第24回
植物の品定め2
2020.02.20更新
【 この連載は… 】 植物選びの基準は「いい顔」をしているかどうか……。植物屋「Qusamura(叢)」の小田康平さんが、サボテンや多肉植物を例に、独自の目線で植物の美しさを紹介します。植物の「いい顔」ってどういうことなのか、考えてみませんか?
「目次」はこちら
これまで2年間、サボテン・多肉植物を中心に植物にまつわる勝手な想いを書き連ねてきた。
最後にもう一度、僕の植物の見方を記して、書き収めようと思う。
プナ ボンニアエ 窓接ぎ
2年前、この連載がはじまったときに接ぎ木したもの。当初、接ぎ木のビフォーアフターのようなことを紹介できればと思ったが、手の込んだ実験的な接ぎ木はそう易々と生長するわけもなく、ここでの紹介となってしまった。これは団扇サボテンに窓を開けて、そこにボンニアエという丸いサボテンを接ぎ木したもの。団扇サボテン特有の、どこにでもある維管束を利用すると、このような接ぎ木も可能となる。別の植物の体内から溢れ出てきた、映画『エイリアン』にも出てきそうな不思議な接ぎ木は、植物のことを知らない人でもおもしろがってくれるかもしれない。植物の生命力とはなんとすごいものだと、この個体を見て改めて感じてしまう。
福禄寿 親木
福禄寿というサボテンは突然変異から生まれた刺を持たないサボテンで、生長は通常の柱サボテンと比較して著しく遅い。通常の親木が1年に一度切られるとしたら、福禄寿は数年に一度くらいしか新芽を伸ばさない。その分、時間は蓄積され下部は白骨のように木化し、新芽の緑はより一層鮮やかに見える。剪定し続けたこの個体の持ち主は何年もの間、無作為に新芽を切り続けた結果、不思議な彫刻のような福禄寿ができ上がった。生きようとする植物と、人の都合が入り混じった姿には、力強さと哀愁が感じ取れる。
鸞鳳玉
メキシコの砂漠で、礫(れき)に混じり、埋もれるように育つ鸞鳳玉。石のような風貌は、外敵から身を守るために擬態しているとも言われている。この個体はそんな自然界本来の風貌とはかけ離れ、見事に立ち上がった個体。サボテン園芸家は、現地のような背の低い風貌を好むために、上部を切り取って低く埋め戻した。この個体はその残りである。切られたサボテンは何年もその姿のままでいたが、いつの日か切られた断面から新芽を出して石が乗っかるように子株をつけた。上部に切れ込みがたった一つ入ることで、このサボテンの多難なこれまでが窺い知れる。
高砂の翁綴化(おきなてっか)
葉のグラデーションが見事な個体。園芸業界では綴化は出現確率が低いことで高い価値がつけられている。しかし、そんなことよりも生長点の分裂により、所構わず生長し、どの個体も唯一無二の姿に変貌していくところのほうがずっとおもしろく、価値があるように思う。それぞれの生長点が我先にとエケベリア本来のロゼット状の葉を展開させようとする。隣のロゼットと押し合いへし合いとなり、お互いが圧迫される。そうしてできたランダムなグラデーションはこんなにも歪であるにもかかわらず、美しいと感じるのはやはり植物が「まっすぐ」だからなのだろう。
2年間「叢のものさし」をご愛読いただきありがとうございました。次回から数回にわたり番外編を掲載します。
この連載は、「月刊フローリスト」からの転載です。
最新話は、「月刊フローリスト」をご覧ください。
感想を書く