第1回
はじめに―優しさと愛を伝えるプロフェッショナルに
2022.11.01更新
フランスで生まれたケア技法「ユマニチュード」。ケアする人とケアされる人の絆に着目したこのケアは日本の病院や介護施設でも広まりつつありますが、現在では大学の医学部や看護学部などでもカリキュラムとして取り入れられてきています。本書は、実際に大学で行われたイヴ・ジネスト氏による講義をもとに制作。学生たちとジネスト氏との濃密な対話の中に、哲学と実践をつなぐ道、ユマニチュード習得への道が示されます。
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2015年から、私は日本の大学で看護師や医師を目指す学生さんたちに講義をするようになりました。これから臨床の現場で実際にケアを仕事にしようとする若い人たちに、ユマニチュードの哲学と技術を伝えるためです。
世界中の病院や施設を訪れるようになって約40 年。3万人を超える大変な介護を必要とされる方々に会い、ケアをおこなってきました。
病院や介護の現場では、多くの人が一生懸命にケアをしています。けれども、相手によかれと思っておこなっているケアを頑なに拒絶されたり、手を尽くしても状態が悪化するばかりだったりと、「こんなに懸命にやっているのに、どうして……」という場面に多々遭遇します。
なぜでしょうか? ケアする側に優しさが足りないわけではありません。愛がないわけでもありません。そこに不足しているのは、人と人とのコミュニケーションという「絆」です。優しさと愛の‟届け方”に問題があるのです。
目の前の他者に優しさと愛を届けるためには、どうコミュニケーションをはかればいいのか? どうやって絆を結べばいいのか? その試行錯誤から生まれたのが、ケアの技法「ユマニチュード」です。
ユマニチュードとは、フランス語で「人間らしさ」を意味する造語です。
人は誰もが、絆のなかで生きています。私たちは他者との絆によって自分を確認し、互いに認め合いながら生きている存在です。
誰かにケアしてもらわなければならない境遇になったからといって、「人間らしさ」を失っていい理由にはなりません。どんな疾病や障害をかかえても、私たちは人としての尊厳をもって生きる権利があります。
寝たきりになったり、言葉を発しなくなったり、通常のコミュニケーションがとれなくなった人たちとのあいだに絆を結び、人間らしいありようを取り戻す― これがユマニチュードの核となる哲学です。
具体的には、私たち人間がもつ「見る」「話す」「触れる」「立つ」という特性に働きかけることで、ケアを受ける人に「自分が人間である」ことを再び思い出してもらいます。このケアの技法によって、言葉でのコミュニケーションが難しい人とのあいだにも絆を結ぶことができます。
ユマニチュードは、認知症患者や高齢者にかぎらず、ケアを必要とするすべての人を対象とする、私たちが大切に思う価値についての哲学と、その哲学を実現させるための技術とで構成される、優しさと愛を届けるための技法なのです。
1979年、体育学を専門とする私は、ロゼット・マレスコッティとともにフランス文部省から病院職員の腰痛予防プログラム指導者として派遣されたことをきっかけに、医療および介護の分野での仕事を始めました。
それ以降、世界各国の1000以上のケアの現場に足を運び、実践と考察を進めてきました。そのなかで最初に私たちが提唱したのは、「どんな人であっても、最期の日まで自分の足で立って過ごすことができる」という考え方でした。
この先、みなさんが現場に足を踏み入れると、数えきれないほどの寝たきり患者さんと出会うことになると思います。しかし、ベッドに寝たまま生きるというのは、人のあり方として非常に不自然で、尋常なことではありません。もし、その方々が異なったケアを受けていたとしたら、その約9割の人は自分の足で立ち、亡くなる直前まで歩ける可能性があったのではないか、と私はこれまでの経験から確信しています。
実際にユマニチュードを実践すると、それまで看護師や介護士に攻撃的だと思われていた患者さんが穏やかにケアを受け入れるようになったり、言葉を失っていた認知症の高齢者が再び話し出したり、何年も寝たきりだった人が立てるようになったりと、まるで‟奇跡”のような効果を目にすることがあります。
けれどもユマニチュードは、奇跡でも魔法でもありません。誰でも学ぶことができ、誰にでも実践できる具体的な技術です。ただ、その技術には必ず、「人とは何か」「ケアをする人とは何か」を問う哲学が常に同時に存在します。
ケアをすることで、相手に「あなたは大切な存在です」「あなたと私は同じ人間です」と伝える―優しさと愛を届けるためには、その哲学と技術の双方が欠かせません。
私たちのまなざしや言葉、そして手には、そうした愛を伝えることができる力があります。ケアを通して結ばれたコミュニケーションの絆によって、相手は「自分が唯一無二の存在であり、尊重されている」と感じることができるのです。
そして、この絆によって救われるのは、ケアを受ける側だけではありません。ケアをする側の私たちもまた、自分たちがとらわれているさまざまな怖れから解放され、自由になれます。相手とつながっている、通じ合えているという感覚は、喜びをもたらします。実際、ユマニチュードの導入によって看護師や介護士が陥りがちなバーンアウト(燃え尽き症候群)が減るという報告があります。
それは、ケアをする側も受ける側も、ケアの瞬間に互いに信頼し合うことで絆を結び、自分自身の価値をそれぞれに感じることができるからです。
本書は、私の講義に出席した学生たちからの質問に対して、対話形式で語られます。これから医療や介護の現場に就こうという方や、さまざまな事情で介護を目前に控え、今すぐケアと向き合わなくてはならないという方にとっての指針となり、みなさんのそれぞれの現場で役立てていただけたら、これほどうれしいことはありません。
私たちの誰もが、優しさと愛を届けるプロフェッショナルになる力を備えています。人間であることの誇りを胸に、優しさと愛を伝え、そして優しさと愛を惜しみなく受けとっていただきたいと思います。
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