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第3回

「夜におむつ替えはありません」

2019.10.21更新

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 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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 スタッフルームにやってきた。壁紙はサーモンピンク、戸棚の扉は赤と白に塗られている。中央にあるワゴンはスカイブルー。フランスらしく、明るい色があふれる部屋だ。スタッフがパソコンの前で作業をしている。ピンクや紫の半袖の襟なしブラウス。2015年までは白衣を着ていたが、4色から好きな色を選ぶように変更したのだという。夏は暑いため完全な私服となっている。
 奥の棚には入居者1人1人のケア記録を綴じたファイルが置かれ、ワゴンの引き出しには入居者の顔写真が貼られたケースに入った薬が保管されている。テーブルの上には軽食だろうか、クロワッサンの山。隣にはアルザス地方の代表的なお菓子のクグロフもある。
 入居者のケア記録が綴じられたファイルを見せてもらった。最初に説明を受けたのは、排泄の記録シートだ。排泄に必要なケアの内容が書かれている。おむつを使用している場合、おむつの種類がイラストで、貯められる尿量が色で図解されている。セコイアではテープ式のものではなく、パンツ型のものを主に使っているという。一同が驚いたのは夜間の排泄ケアについての説明だ。看護部長のソフィーさんが言った。「夜におむつ替えはありません」。ジネスト氏が続ける。「ユマニチュードでは寝ている人を特別な時以外は起こしません」。おむつを替えるために起こすということはない。夜間のおむつ替えをしないことでコストも安くなる。入居者1人あたりのおむつ代は国平均の約半分に抑えられているという。
 排便の記録やシャワーのスケジュールが書かれたページもある。シャワーは入居時に習慣を聞き、その人の希望に合わせて計画を立てる。フランスの施設では毎日身体を拭くが、シャワーは週一度程度の人が多い。しかし、セコイアでは毎日シャワーを浴びたいという人がいれば希望に合わせるという。シャワーにかける時間は20分くらい。順番に長時間のシャワータイムを設け、ゆっくりと身体をきれいにする時間も持てるよう配慮している。
 ケアの具体的な方法を写真とともに説明しているファイルもあった。立位の補助の仕方、おむつのあて方、移乗の方法などが段階的に写真で示されている。スタッフがモデルとなったり、入居者がケアを受けているところを撮影したりして説明文とともに掲載する。「こうすることで、研修中の人や新しく来た人でも理解しやすくなっています」とソフィーさんが説明してくれた。「日本でも似たようなことをやっています」と参加者が答える。
 セコイアでは、身体を清潔にする保清ケアの最中に立位や歩行の能力、洗顔や更衣などの日常生活動作について評価する。その上で、保清を立位、座位、横臥のどの体位で行うのかを検討する。この「評価保清」はユマニチュード独自の方法だ。入居者ごとに定期的に評価保清を行い、具体的な行動目標を立てる。その計画をスタッフで共有している。
 参加者が質問した。「日本の施設では立てるのではないかと思う人がいても、家族から転んだら危ないから歩かせないで欲しいと言われてしまう。こちらではどうなんでしょうか」。施設長のセリーヌさんが答える。「その場合、まず施設の心理カウンセラーが家族と面談します。歩くこととは関係ない恐れや不安が家族の訴えの原因になっている可能性があるからです。そして歩くことの利点も説明します。その上で気持ちを尋ねます」。2017年にセコイア内で発生した転倒は全部で800回。この中には椅子からのずり落ちも含まれている。そのうち7回は転倒により骨折したが、手術後すべての事例で再び歩けるようになっているという。

 

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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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