Facebook
Twitter
RSS

第17回

本田美和子氏インタビュー④

2020.01.27更新

読了時間

 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
「目次」はこちら

Q ユマニチュードに対する批判にはどのようなものがありましたか。それに対してどう答えてこられたのでしょうか。

A 新しいことは何もないんじゃないか、これは基本的なことである、これはずっと教えられてきた、私がずっと実践していることである、そうおっしゃる方がいらっしゃいます。
 そのように聞こえることはあるだろうなと思います。例えば、「見る」「話す」「触れる」を生まれて初めて聞いたと言う人はいないですよね。5つのステップの話を接遇の問題ですねと言う人もいる。
 でも、これは礼儀正しさを表出するものではないんです。あなたのことを大事に思っているということを相手が理解できるように伝えるための基本的なコミュニケーションのやり方があるということなんです。
 例えば、私たちは仕事で相手をもちろん見ています。しかし、職業的に相手を見るときには、観察という点に主眼が置かれる。それは一方的なものであって、そこにはあなたのことを大事に思っているというコミュニケーションの視点が欠けていることが多い。ベッドサイドに行って寝ている患者さんに話をする。そのとき「立って話をしますよね」と言うと、「ええ」という人が大多数です。ここに問題があることに気がついていないんです。私も気がついていませんでした。私は枕元に立っていて相手はベッドに寝ている。つまり、高いところから低いところに視線がいくことで権力関係が生じていると捉えられる可能性があることに無自覚なんです。
 話すということで言えば、病院や施設でよく使われている言葉に「ごめんなさいね」「じっとしててください」「すぐ終わります」といったものがあります。これは結局、自分がやっていること、やりたいと思っていることを黙って受け取って欲しいというメッセージになっていることに対して私たちは無自覚です。
 触れるについても、体を拭くときなど相手の手を上げたいときに迷わず手首をつかんで持ち上げています。私たちは職務としてそれをやっているわけなんですが、これと同じことを街中で誰かが自分に行うときの恐怖感には思い至らない。病院なんだから当たり前と思い、相手の身体を自分のもののように扱うことに対して私たちは無自覚です。
 つまり、「見る」「話す」「触れる」という行為について私たちが職務上当然だと思っている動きの中に、相手を大事に思っているというメッセージが絶対的に欠けていることに気づいていない。
 少なくとも私はそうでした。私は礼儀正しい医師でありたいと思ってきました。今でもそう思っています。しかし相手のことを大事に思っているという私の気持ちと、私が実際に表出しているメッセージが一致しないことがあるということについてはユマニチュードを学ぶまで気がついていませんでした。
 礼儀正しくありたいと思って振る舞っていますが、部屋に入るときにノックと同時に入ってしまう。トントンがらりという感じなんですよね。相手の反応を待つことがない。私があなたのところに行きます、という一方的な通告として行っている。ノックというのは本来、相手のプライベートな領域に私が入りますよということを伝えて、その了承をもらうために行うものですよね。でも私たちにはノックの返事を待つ文化というのは残念ながらない。ユマニチュードを学ぶまで、私は待つことがないまま相手の領域に入っていくことに対して、そこに問題があるとは考えていませんでした。
 これはコミュニケーションということにとどまらないんです。なぜなら私たちがユマニチュードの4つの柱と5つのステップを使って相手とよい関係をつくり、職務を果たすことができるようになれば、より良い問診ができるし、より良い診察ができるし、より良い診断と治療を提供することができるからです。つまり、ユマニチュードを使ったコミュニケーションを身につけることによって、私たちが届けたいと思っている医療の質を確実に上げることができるんです。看護師、介護士、理学療法士など医療・介護分野の専門職であれば、もちろん全く同じです。
 ユマニチュードは、現在日本では認知症ケア、高齢者ケアのユマニチュードと言われることが多いですが、これも正確ではありません。人が人に何らかのケアを提供する。このケアは広義のケアです。医師が行う診療、理学療法士が行うリハビリテーション、栄養士の栄養指導もみんな広義のケアと考えます。そうなったときに、自分のことを大事に思ってくれているという相手からのメッセージはより受け取ってもらいやすくなる。自分が嫌いな人が何かを言っても、誰も聞きたくないですよね。この人の言うことだったら聞こうかな、と思ってもらうためには、あなたのことを大事に思っているということを私たちは相手にわかってもらう必要がある。どんなにあなたのためですよと言ったって、その言い方が強かったり、視線が水平でなかったり、手首をつかまれ引っ張られたら、相手には自分のためだというメッセージとしては絶対に伝わらない。このことを考えたときに、あなたのことを大事に思っていると複合的に伝えるための手段としてユマニチュードはとても有効だと考えます。
 医学書院の「総合診療」という雑誌で「コミュニケーションを処方する」という特集を組んだときに編集に携わりましたが、コミュニケーションそのものが処方できることをぜひ医療従事者の方々に知っていただきたいと思います。国立精神・神経医療研究センターの本田学先生は、周囲の状況からもたらされる情報が人間に生理的な反応を生じさせるという研究をもとに「情報医療」という概念を提唱していらっしゃいます。ユマニチュードの技術を使って行うコミュニケーションも相手にとっては周囲からの情報です。つまり、コミュニケーションそのものが薬理学的・生理学的作用を人にもたらすという点で、ユマニチュードは情報医療の一分野としての可能性があると考えています。
 「目次」はこちら

【単行本好評発売中!】 
この本を購入する

シェア

Share

感想を書く感想を書く

※コメントは承認制となっておりますので、反映されるまでに時間がかかります。

著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

矢印