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第14回

本田美和子氏インタビュー①

2020.01.06更新

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 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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Q ユマニチュードを最初にフランスで見たときの印象を教えてください。

A フランスに見学に行こうと思ったのは、日本での高齢者医療に大きな課題があり、それをなんとかできないかと考えていたからです。課題というのは、超高齢社会を迎えるとともに、認知機能が低下しているご高齢の患者さんに出会うことが増えたことに始まります。ご自分が病院にいること、目の前にいる人が医師や看護師であることがわからない方々が入院していることが珍しくなくなりました。そして、そのような方々は提供される医療や看護の意味がわからず、それを拒絶することがあります。でも私たちは、その方のためにぜひ最新の医療を受け取ってもらいたい。この両者の間で、ときに「戦い」のようなやりとりが繰り広げられることすらあります。どんなにすばらしい医療があったとしても、それを相手に受け取ってもらえなければ意味がありません。私たちが届けたい医療を受け取ってもらうためには、「届ける技術」を身につける必要がある、と考え続けていました。そんなとき、フランスにこれまでとは少し違ったアプローチをとるケア技術があると聞き興味を持ったので、その技術を見学するためにフランスに行くことになりました。それがユマニチュードでした。
 行ってみると、患者さんの病気の状況は日本とほぼ同じ感じであるのに、ケアがとても穏やかに進行していて、届けたい医療や看護、介護がうまく届いているのを見て驚きました。

Q 「戦い」になるとはどのような状況なのでしょうか。

A 治療やケアで何かしたいことがあって、ある方のところに行く。しかし、その方が「ノー」と言う。でも私たちはそれをやりたい。なので、次は懇願します。「なんとかお願いできませんか」とお願いする。しかし、また「ノー」と言われる。ここで諦めるという選択肢を私たちが取ることは滅多にありません。なぜならその人のためになると信じている自分の仕事をやり遂げたいからです。となると、次は強制の段階に入ります。「すぐ終わりますから」と言ってケアや治療、診察を行う。そこで本人の強い意志が「拒否」として表れた場合には、身体的に押さえつけることになる。これが「戦い」です。
 例えば、採血をしたいけれどご本人に拒まれる。でも、治療方針に大きく寄与する血液検査の結果を私たちは得たいと思う。採血は、“その人のためになる正しいこと”なのです。「ごめんなさい。あなたのためになることなんです。我慢してください」と数人がかりで手足を押さえ、採血をやりとげます。身体を押さえつけられたご本人が叫ぶことも、もちろんあります。採血でも、診察でも、着替えや食事介助でも、みんな同じです。
 私自身も日本や米国の臨床現場で、「それは仕方のないことだ」と受け入れてきていました。
 しかし、ユマニチュードを身につけた職員が働いている病院や施設では、日本だったら戦いが生まれそうな状況なのに、非常に穏やかに採血がすんでいました。戦いが起きても不思議ではないのに、すごいなと驚きました。

Q それはどうしてだと思われましたか。

A とてもシンプルなコミュニケーション技術を緻密に組み合わせながら行うことと、どのように技術を組み合わせるかについての考え方の基礎となる哲学を徹底的に教える教育方法が確立しているからだと思いました。フランスではユマニチュードの研修にも参加しました。研修では教室での講義だけでなく、ベッドサイドでケアの実習も行います。学んだことを実際にやってみて、そのフィードバックを受けることができる、とても実践的なプログラムでした。
 研修の中で身体を拭く、着替えをする、洗面所まで一緒に歩くといった病棟実習でのケアを、ジネスト先生たちは私にもやってみるようにとおっしゃいました。私はそれまで、おむつを替えたり、身体の向きを変えたりというケアをやったことがありませんでした。それにフランス語が話せません。でも学んだことを忠実に再現することでうまくいったことに自分でも驚きました。ケアというのは「目が相手に語る」「手が相手に語る」「言葉は心地よい音の調べとして伝わる」ことによって行われるのだ、ということを初めて実感をもって経験することとなりました。
 それまで、コミュニケーションというのは自分が発する言葉によって行われるものという意識が強かったのですが、相手をどのように見るか、相手にどのように触れるか、どのような言葉の調子や速さによって相手に話しかけるかで反応が違うことを目の当たりにしました。しかも面白いと思ったのは、それぞれの要素1つだけ行うのではだめだ、ということでした。同時に複数の要素を組み合わせながら行うことが、情報学では「マルチモーダル・コミュニケーション」と呼ぶと後に知ったのですが、ユマニチュードの最も重要な点の1つでした。「これが私が求めていた答えの1つになるのではないか」。そう思い日本に戻ってきました。
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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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