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第10回

より質の高いケアを求めた認証制度

2019.12.09更新

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 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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 視察を終え、日本の参加者が感想を述べた。日本の介護施設に勤めているある参加者は自分の施設でのケアを振り返った。「今朝、服を選ぶことを当たり前のようにやっていた。日本ではケアがしやすい服を選んでいる。とても恥ずかしいことだと感じた。ここではブラジャーもしていたことに驚いた。日本では『高齢者ならもういらないでしょ』と奪ってしまっている。簡単に本人の大事な部分を奪ってしまっていたなと反省した」。身体を拭くときに優しく触れていること、自由を尊重していること、食器がプラスティックではないこと。香水をつけたり、髪の毛を整えたりと、入居者がきれいに身支度していること。「1つ1つが私にとって驚き、新鮮でした。生のフルーツのジュースもおいしかったし、これなら食欲がわいてくるなと思いました」。別の参加者は「自律性がいまひとつわかっていなかったが、何をするときも細かく選んでもらえるように相手が理解できるやり方で聞いているところが勉強になりました」と感想を述べた。モースさんのケアに驚いた参加者もいた。「寝ているときは本当に動けない人だと感じた。歩くなんて絶対に無理だと思った。車いすで朝ご飯をとてもおいしそうに食べていて、そのギャップにびっくりした」。
 他の参加者もそれぞれ驚いたこと、感心したことを述べていった。できることは本人にしてもらうこと、みんなが笑顔であること、働いている人も入居者も自由であること、評価をしていること、経営者の理解があること、夜間はスタッフ2人で96人の入居者へのケアが可能なこと。
 フランスの介護施設はみなセコイアのようなのだろうか。ジネスト氏の話では、そうではないという。多くの施設は衣食住を満たすケアで手一杯で、「優しい牢屋」のようになってしまっているとジネスト氏は話す。「ここは普通のフランスの施設ではない。ユマニチュードの施設です」。近くの施設でも「ぞっとするような光景」があるとジネスト氏は言う。「人をケアしているわけです。女性はブラジャーをしているわけです。それなのに高齢になったらつけなくてもいいんだということになってしまう。コップも皿もプラスティックでいいじゃないかと。細かいところすべてが問題になるのです。人間の尊厳を世界中の人が語るが、ブラジャーをつけない、エレベーターの前に車椅子を置いて15分も放っておく、そういうことで尊厳を奪っているんです。尊厳は技術や実践に表れます。行動によって相手は尊重されている、見てもらえていると感じるのです」。
 施設長のセリーヌさんは、最近入居した女性の例をあげた。その女性は認知機能が低下して服を着なくなり、家でずっと寝間着で過ごしていた。入居時、家族は服を持ってこなかった。動いていなかったので褥瘡もあり、集団生活にも慣れていなかったため最初は大変だったが、少しずつ、服が何であるかがわかるようになり、介助があれば服を着られるようになった。立って歩くことも増え、3ヶ月後にはクリスマスイベントにも参加し、踊れるまでになった。近所の人が「同じ人ではない」と思うほどの変わりようだった。「すべての入居者がこんなに変わるわけではないが、ユマニチュードはびっくりするような成果がある。入居前には何年も歩いていなかった人が歩こうとするのを目にするのは嬉しいことです」。
 セコイアの入居者の自立度はかなり高そうに見えたがどうなのだろうか。フランスの要介護度は6段階。6が自立で数字が小さくなるに従って要介護度が上がり、1が要介護度が一番高い。フランスでは最も重い要介護度1を1000点とし、要介護度に応じた得点を与えて点数化し、入居者全体の依存度を算出し、施設内での変化の追跡や施設間の比較を行っている。セコイアの2015年の依存度は655点。フランスの平均依存度702点より50点近く低い。
 ユマニチュードによって、立位保持や自律のためのケアに力を入れた結果であるとジネスト氏は言う。「1982年以降、私は『最期の日まで自分の足で立って生きる』というコンセプトを取り入れ始めた。90パーセントの人は、実際には寝たきりになるべきではない人です。ユマニチュードの認証施設では寝たきりの人が1~3パーセントしかいません」。ユマニチュードを導入した施設では、依存度が3~4割下がるという。
 しかし、そのことによって補助金が減らされてしまうのが悩みの種だ。セリーヌさんが補足した。「国が立位や歩行の介助による重症化予防の取り組みを認めてくれます」。立位での保清などのケアに必要な人員や時間を具体的に評価し国に申請することで、健康保険からの補助が受けられるという。「どういう仕事をしているのかを評価し、補助金を得るためのツールとしてユマニチュードが役立っています」。
 セコイアは2017年にユマニチュードの認証施設となった。認証施設とは、ユマニチュードのケアを実現していることを独立した評価機関から正式に認められた施設のことだ。認証のための5つの原則は「強制ケアをゼロにする、ケアを放棄しない」「各人の唯一性とプライバシーの尊重」「最期の日まで自分の足で立って生きる」「組織が外部に対して開かれている」「生活の場、したいことのできる場」。この原則に基づき、日常のケア、価値観、移動の介助など幅広い領域にわたる300以上もの基準を満たすことで与えられる。セコイアは2008年からユマニチュードを導入し始め、2013年に認証のプロセスに入った。スタッフだけでなく、施設長と看護部長も研修を受講。2017年1月に視察を受け、改善点を修正して認証を取得した。認証取得の中心となったのが看護部長のソフィーさんで、現在は、ユマニチュードのケアをさらに発展させることを目指しているという。「スタッフ1人1人のおかげです」とソフィーさんは話す。
 スタッフがユマニチュードによる変化を教えてくれた。「前は時間がないとよく言っていました。時間がないと言って、自分で自分を制約していたんです」と言うのはオディールさん。今はケアが立て込んでいても、目の前の人に集中するようになったという。「この人といるんだという気持ちが強くなりました。大丈夫、ゆっくりやってください、そういう気持ちでいると時間ができます」。
「以前は寝たきりの人が5~6人いたが今はいない」と話すのはアクティビティ担当のドミニクさん。「起こすことが虐待だと思っていたんです。とても保護していました」。車椅子の人が立ち上がろうとすると転ぶと危ないから止めていたという。今は可能性のある普通の人だと思えるようになった。頭が下がり、うなだれて調子の悪そうな人でも働きかけると様子が変わり、驚かされることも多い。「世話する思いは前も今も変わりません。違う考え方を取り入れたんです」。ドミニクさんの夫の母親は別の施設に入居している。その施設では、週末は着替えをさせてもらえないが、何も言えないという。「ユマニチュードを導入していないところに行くとつらい気持ちになります」。
 スタッフの平均勤続年数は11年。フランスでは多くの施設で平均勤続年数が2~3年であり、大きな違いだ。離職率もフランスの平均の約6割。その理由は何かという質問に、あるスタッフが答えた。「私は以前アルツハイマー型認知症の施設に勤めていました。前の施設では本人ができることでも代わりにやってあげていました。入居者に対して尊敬、尊重がまったくありませんでした。気が重く、心が苦しかったです。ここに来て仕事のしかたを学び直しました。入居者が人であることを学び直しました」。
 施設長のセリーヌさんが補足する。「つまり仕事を辞めたいと思う人が少なくなったということです」。仕事が休みの日にもスタッフが遊びに来る。中には子どもを連れてくる人もいる。「子どももここに来るのが好きです」。施設では外部の人が来ることを歓迎している。もちろん施設からも外に出かけていく。子どもたちと演劇を一緒に行うなど、住民と一緒にする活動にも取り組んでいる。「ユマニチュードの原則にもあるように、私たちは外部に開かれていると同時に、外部の人が内部に入ってくることが重要だと思ってやっています」。ジネスト氏も力を込めてこう言った。「この施設では、入居者は市民なんです。ここは外に開かれている場であり、生活の場なのです」。
 セコイアでの2日間が終わった。自律や選択の尊重を日常生活の細部で実現しているところが素晴らしい。決して豪華ではないが、全室個室でスタッフも優しく、食事もおいしそう。なにより居心地がとても良さそうだ。介護施設なのに、介護施設のように思えない。「こんなところで暮らしたいですね」。参加者も感銘を受けている。私が最も驚いたこと、それはセコイアが公的な介護施設だということだ。日本でいう特別養護老人ホームのような場所でこのケアができる。それはフランスだからではなく、ユマニチュードだからとジネスト氏は言う。本当なのか。確信を持てないまま、次の目的地トロワへ向かった。 

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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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