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第18回

本田美和子氏インタビュー⑤

2020.02.03更新

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 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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Q ここまでどのように日本で導入が進んできたのでしょうか。

A フランスでは40年にわたり、現場の経験にもとづいたユマニチュードがつくり上げられてきました。ユマニチュードはいまでも進化を遂げていますが、日本においては情報学の専門家が関心を持ってくれたことにより、さまざまな研究者との共同研究が進んでいます。
 よい効果が生まれることを経験しても、なぜ有効かについて科学的な検証がまだ十分ではないのも事実です。日本では科学的検証をさまざまな分野で行う機会をいただき、現在研究が進められています。例えば、ケアの様子を映像にとり情報学的に分析することによりその特徴を記述する研究です。ジネスト先生やインストラクターと、ユマニチュードを学んでいない人とのケアではどこが違うのか、患者の反応のどこが違うのか。映像を撮影し、行動を手作業で抽出して評価するところから始まった研究は、そのデータを用いて人工知能によるケア技術評価ができる段階に入りました。情報学、工学系の先生方を中心に、3億円を超える文部科学省の研究費をいただいて研究が進んでいます。このプロジェクトでは、ケアをする人、ケアを受ける人の変化を心理学、脳科学の観点から分析する研究も進められています。この特徴は基礎科学の専門家から臨床で実際にケアを行っている人々までがチームとなって、社会実装をゴールとした研究が進行していることです。 
 これまではベッドサイドで人が人に教えることでケアの技術が伝えられてきましたが、遠く離れている人々を対象に、あるいは一度に大勢の人を対象に教育ができるシステムも開発しています。もちろん、ベッドサイドでのケアを経験するトレーニングは最も重要です。しかし、ベッドサイドで学べること、遠隔地で学べること、それぞれを組み合わせることにより、より便利で効果の高い教育法が開発できるといいなと思っています。すでに、撮影してサーバーに送信したケアの映像に対して教育者が遠隔地でコーチングをするシステムを使った試みも始まっています。ユマニチュードを学んだ家族介護者の自宅でのケアの様子を撮影し、コメントをするという研究も内閣府の研究費を使って2019年の秋から実際に始まります。
 福岡市では100歳になってもみんなが活躍できる社会をつくろうという「福岡100」という事業を行っており、ユマニチュードを基幹事業の1つとして取り入れてくださっています。この事業では、ユマニチュードの研修をさまざまな方に受けていただいています。
 家族介護者に対する研修では、ユマニチュードが介護している人の負担感も、介護を受けている人にも行動・心理症状も低下させる効果があることがわかりました。長期的に経過を見ていますが、その傾向は続いています。市民に学んでいただくことによって介護している人も受けている人もより良い生活が送れるようになることがわかり、福岡市では市民に向けた教育プログラムを継続的に実施してくれています。
 さらに、市民向けの研修を市民にやってもらおうという事業も始まりました。この事業には最初の研修に参加したご家族が、今度は伝える側として参加しています。ユマニチュードのことをもっと早く知っておけばよかった、早く知っていれば役に立つので、多くの方に知っておいてもらいたいとおっしゃって参加してくださいました。まさにユマニチュードのアンバサダーとなってくれています。「自分の経験は、きっと他の人にも役に立つ」と使命感を持って参加してくださっていることを本当に嬉しく思っています。私たちが伝えるだけでなく、このような形で第二世代が伝えてくれることによって、真の意味での社会実装が実現するのではないかと期待しています。

Q ユマニチュードを普及させていく上で困難に感じている点は何でしょうか。

A ユマニチュードを実際に知っていただく機会がないまま、評価をする方がいらっしゃるということについては残念に思っています。ユマニチュードはこれまでの専門職教育と対立するものではなく、よいケアを届けるというゴールは一緒です。私たちはより良い社会をつくるための手段として使っていただきたいと思っていますし、これまでにあるケアの技法を否定するものではありません。
 ユマニチュードが慢性期の認知症の方に対する技術であるという誤解もあります。ユマニチュードを学んだインストラクターには急性期病院で働いている看護師がたくさんいます。彼女たちはユマニチュードは急性期病院でこそ有効だと考えています。急性期病院には届けたい高度な医療がたくさんある。それが拒絶されてしまう状況で多くの医療従事者は途方に暮れているわけです。ユマニチュードを学ぶことによって医療を届けられれば、結局急がば回れというか、急性期医療の質を上げることができると思います。
 実際、2018年のアメリカのせん妄学会で発表したのですが、集中治療室の看護師全員がユマニチュードを学ぶことにより、せん妄の発症率が5分の1、身体拘束が半分になりました。ユマニチュードは広義のケアの場面ではどこででも、たとえば超急性期医療の代表である集中治療室であっても役に立つということは、お伝えしたいことの1つです。
 ユマニチュードは時間がかかりすぎるのではないかという指摘があります。時間がかかるから急性期ではできない、人手が足りないところではできないなどと言われるのですが、それも誤解の1つです。そこにちょっとした時間をかけることによってその後のケアがずっと短縮できることを多くの方に知っていただきたいと思います。実際にフランスでは午前中に3時間かかっていたケアが、ユマニチュードを導入することにより2時間半に短縮できたという報告もあります。

Q いろいろな誤解が生まれるのはなぜなのでしょうか。

A ケアの現場で最も困っているのが、認知症で脆弱な高齢者のケアです。その喫緊の課題がユマニチュードで改善するというのをお見せしてきました。高齢者のケアに有効であるのは間違いないのですが、そのほかのケアにも有効だと言うことを提示していきたいと思っています。その1つとして、京都大学と共同で自閉症傾向のお子さんを持つ親御さんを対象としたユマニチュードの研修効果を研究しています。東京での予備的研究では良い傾向が見られており、よりはっきりとした結果が出ることを願っています。このような研究を続け、発表していくことが必要になると考えています。

Q 今後ユマニチュードをどのように普及させていきたいと考えていますか。

A 私はユマニチュードを学ぶまではあまり大きな疑問を持たずに仕事や生活をしていました。しかし、ジネスト先生がケアで最も重要な考え方として、人とは何か、自由・平等・博愛、人権とは何か、という話をされたとき、これまで言葉としては知っていた自由や人権という言葉の本来の意味をもう一度考えるようになりました。私たちが治療やケアで何かを行うにあたって、仕方がない、病院なんだから、あなたのためですよ、などと思いながらやってきたことがたくさんあります。でも、自分の行動を決めるにあたって本当にそうなのかと問い、これが相手の自由を尊重していることなのかを常に考えるようになったというのが私の変化です。
 私は医療や介護にとどまらず、社会が自由を本来の意味で大切にする、尊重するようになってほしいと思っています。自分が高齢になったときの生活において、私の自由も他の人と同様に尊重されるものであって欲しいと思っています。
 ですから現在の高齢者、未来の高齢者、さらに高齢者だけでなくすべての人が、相手の自由を尊重し、自分の自由を大切にする社会の実現にユマニチュードが役に立つのではないかと、おおげさですけど思うようになりました。
 人は思いもよらないタイミングで誰かの力を借りなければならない可能性に満ちあふれています。私が誰かの力を借りて生活しなければならなくなる日、それはもしかすると今日かもしれない。ジネスト先生がよくおっしゃっているように、誰かに依存して過ごすことはまったく悪いことではなく、自分ができないことを誰かが代わりにする、ただし何をするかを決めるのは自分である。この自律の概念を持った誰かに依存する生活をしていけるようになるのが私の夢です。
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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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