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ユマニチュードへの道 イヴ・ジネストのユマニチュード集中講義 イヴ・ジネスト 本田美和子 装丁画:坂口恭平「小島の田んぼ道」(『Pastel』左右社刊より)

第13回

<ジネスト先生からの質問>世界でいちばん怖いものは何だと思いますか?

2023.01.31更新

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フランスで生まれたケア技法「ユマニチュード」。ケアする人とケアされる人の絆に着目したこのケアは日本の病院や介護施設でも広まりつつありますが、現在では大学の医学部や看護学部などでもカリキュラムとして取り入れられてきています。本書は、実際に大学で行われたイヴ・ジネスト氏による講義をもとに制作。学生たちとジネスト氏との濃密な対話の中に、哲学と実践をつなぐ道、ユマニチュード習得への道が示されます。
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 こう質問すると、さまざまな答えが返ってきます。「戦争です」と答える人もいれば、「新型コロナウイルス感染症です」と答える人もいるでしょう。「貧困です」「孤独です」と言う人もいるかもしれません。
 でも、私の答えは決まっています。
「違いますよ。世界でいちばん危険なのはベッドです」
 世界中で何千万という人たちがベッドに寝たきりになっています。ベッドに寝たまま清拭され、身体は拘縮し、そのまま亡くなる人たちがたくさんいます。
 ヨーロッパでは、40 年前に新しいルールができました。必ずしも守られているとは言いきれませんが、病院や介護施設ではICU(集中治療室)を含むすべての場所で、誰も寝たきりにはさせないというルールです。
 私にとって、人間が横たわっている状態は、寝ているか死んでいるかのどちらかです。ベッドは心地よく眠るためか、愛を語らうための場所です。その他の用途に使うべきではありません。
 いま、まだ多くの病院や施設で、強制的なケアがおこなわれています。「安全のために抑制帯をつけるように」という指示が日常的に出されるのが現状です。
 けれども抑制は、もっとも悲劇的な状態を生みます。本人が嫌がっているのに無理やりケアを実施すると、患者さんの不安が高まって病状も悪化します。
 認知症をお持ちの方ではとくに顕著です。人がストレスを感じたときに脳内で分泌されるコルチゾルは、脳の機能とりわけ認知機能を低下させることが知られています。つまり、認知症を進行させてしまうのです。
 私たちは認知症を悪化させるために給料をもらっているのではなく、認知症をお持ちの方の状況を改善させ、暮らしを支えるために給料をもらっています。認知症を悪化させる強制的なケアをすべきではないのは明らかです。
 過去にフランスがそうであったように、40 人もの患者さんがひと部屋に詰め込まれ、ベッドに寝かされ、放置されているとき。話しかけられることも、目を合わせることもなく、立とうしても無理に寝かしつけられるとき。そこに「尊厳」はありません。
 本来は寝たきりであるべきでない人がベッドに寝かされている。これまでケアする人が無意識におこなっていた「尊厳の否定」を直視すべきときが来ています。その現実をひとつずつ変えていくことが、みなさんの役割です。

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著者

イヴ・ジネスト/本田美和子

【イヴ・ジネスト】ジネストーマレスコッティ研究所長。フランスのトゥールーズ大学卒業(体育学)。1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【本田美和子(ほんだ・みわこ)】日本ユマニチュード学会代表理事。独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年、筑波大学医学専門学群卒業。亀田総合病院、米国コーネル大学老年医学科などを経て、2011年より日本でのユマニチュードの導入、実践、教育、研究に携わり、普及活動を牽引する。

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