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KEEP MOVING 限界を作らない生き方  武藤将胤

第8回

自転車小僧だった!

2018.06.26更新

読了時間

【 この連載は… 】 「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病をご存知ですか? 意識や五感は正常のまま身体が動かなくなり、やがて呼吸困難を引き起こす指定難病です。2014年の「アイスバケツ・チャレンジ」というパフォーマンスで目にした方も多いでしょう。あれから約4年経過した現在、まだ具体的な解決法はありません。本連載では、27歳でALSを発症した武藤将胤さんの「限界を作らない生き方」を紹介します。日々、身体が動かなくなる制約を受け入れ、前に進み続ける武藤さん。この困難とどう向き合っていくのか、こうご期待!
「目次」はこちら

自転車小僧だった!

 車いすだってカッコいいものが欲しい―そんな僕の原点には、少年時代からのマウンテンバイク好きが関係しているかもしれません。
 4歳半のときに両親が離婚、僕は母と共に日本に帰国し、母の実家のあった東京の西部、練馬区の石神井公園近くに住むことになりました。祖父や祖母に連れて行ってもらったその公園は、自然のまんまの感じで、アメリカの芝生の刈りこまれた公園とはまったく雰囲気が違っていました。
 アメリカでは幼い子どもたちだけで外に出かけることはできなかったので、いとこや近所の友だちと一緒に子どもだけで外遊びができる環境が、僕には新鮮でした。よく石神井公園で泥だらけになって遊びました。
 小学校に入って自転車を買ってもらうことになったとき、僕は迷わずマウンテンバイクを選びました。それに乗って出かけることで、行動範囲が一気に拡がり、楽しくてたまりませんでした。
 その頃には母が再婚し、赤坂に引っ越していました。石神井公園に比べたら都会の真ん中ではあるのですが、二十数年前はけっこう自然が豊かでした。今の東京ミッドタウンのあたりは鬱蒼とした林で、沼があり、僕はマウンテンバイクで出かけていっては、林を探検したり、沼でザリガニを釣ったりしていました。
 マウンテンバイクで、本当にあちこち冒険に出かけました。
 友だちと「お台場まで行かないか」と言って、2~3時間かけて行ったこともあります。やっと到着して海を見たらテンションがいっそう上がって、マウンテンバイクごとそのまま海に突っ込んだことをよく覚えています。
 マウンテンバイクに乗ることは、風を切ってスピードを体感できること。そして、今まで知らなかったところへ行くことができること。そういうときのワクワクする高揚感が僕はたまらなく好きでした。それは今もまったく変わりません。

 中学時代は、破天荒なことをやるのが好きな気の合う友だちがいて、マウンテンバイクでどっちがカッコいい技を決められるかを競っていました。長~い石段をマウンテンバイクで上から下りきるとか、公園の激しい傾斜の斜面を下るとか。段差があるところを見つけると、そこでいろいろな技を練習していました。
 その友だちがメカに強かったので、カスタマイズにもハマりました。
 たとえば、衝撃を吸収するサスペンションというパーツがあります。最初は「タイヤの横にこれが付いていたほうがカッコいい」と単純に思って、付けてみたのです。それで走ってみたら、今まで下りることのできなかった段差も下りることができました。
「おお、すげぇ!」
 その機能アップに、後から気づいたのです。
 そんなことから、「グリップをもっとこういうものに替えたらどうかな」とか、いろいろ工夫するようになったのです。ちょっとずつ改造しては、いっそうワクワクしながら都内のあちこちを走り回っていました。今思えば、あれは僕の「イノベーション」を求める気持ちの原体験といえるでしょうね。

© 阪本勇

道なき道を行くスリルと快感

 自転車以外でも、身体を動かすことは何でも好きでした。
 スポーツとして最初に取り組んだのはスキーです。小学校1年生の頃から、毎シーズン、長野の奥志賀高原にスキー合宿に行っていました。冬休みと春休みの2回、合宿生活をしながらスキーのレッスンをするのです。
 僕は、先生の後をついて決められたところを決められたように規則正しく滑る練習は、ちっとも面白いと思えませんでした。それよりも、「このコース、好きに滑っていいよ」と言われたときのほうが、圧倒的に好きでした。
 もっと好きだったのは、踏み固められていないふかふかの新雪を滑ること。合宿ではそういう機会はなかなかなかったのですが、たまに親戚のおじさんに連れて行ってもらうときは、みんな上級者だったので、スキー場の整備されたコースを滑るのではなくて、自然の山の中を自由に滑るのです。大人に交じって、木々を縫いながらコースのないところを自在に滑り下りる感触は、めちゃくちゃ楽しいものでした。
 それと同じ感覚をマウンテンバイクで体験したこともあります。
 中学生の頃によく通っていたサイクルショップの人が、夏のスキー場に連れて行ってくれたのです。夏場、スキー場はマウンテンバイクのコースとして開放されていて、自然の山を自転車で駆け下りる体験を初めてしました。これもまた、道のないところを自由奔放に走るもので、サイコーに気持ちいいものでした。
 その後、インラインスケートもやりましたし、スケボーも、スノーボードもやりました。僕はそういうスピード感、疾走感の味わえる「乗り物」が大好きなんです。
 なぜこんな話をしたかというと、道なき道を行くスリルと快感、ハイスピードで疾走する快感というものが、僕のマインドには深く刷り込まれているということを伝えたかったからです。そういう楽しさ、気持ちよさをたくさん味わってきたことで、今の僕があるわけです。
 ALSという病気になったからといって、僕という人間の中身は変わらないのです。だから「カッコいい乗り物」を追い求める気持ちは、対象が車いすであっても変わりませんでした。カッコよくて、機能性が高くて、疾走感が感じられるもの、そういう要素が揃っていなければ「乗りたい」とは思えなかったのです。

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一般社団法人WITH ALS
ホームページ http://withals.com/
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Instagram https://www.instagram.com/withals_masa/

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著者

武藤将胤

1986年ロサンゼルス生まれ、東京育ち。難病ALS患者。一般社団法人WITH ALS 代表理事、コミュニケーションクリエイター、EYE VDJ。また、(株)REBORN にて、広告コミュニケーション領域における、クリエイティブディレクターを兼務。過去、(株)博報堂で「メディア×クリエイティブ」を武器に、さまざまな大手クライアントのコミュニケーション・マーケティングのプラン立案に従事。2013年26歳のときにALS を発症し、2014年27歳のときにALSと宣告を受ける。現在は、世界中にALSの認知・理解を高めるため「WITH ALS」を立ち上げテクノロジー×コミュニケーションの力を駆使した啓発活動を行う。本書『KEEP MOVING 限界を作らない生き方』が初の著書となる。

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