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叢のものさし 小田康平

第26回

植物を守る知恵

2020.05.14更新

読了時間

【 この連載は… 】 植物選びの基準は「いい顔」をしているかどうか……。植物屋「Qusamura(叢)」の小田康平さんが、サボテンや多肉植物を例に、独自の目線で植物の美しさを紹介します。植物の「いい顔」ってどういうことなのか、考えてみませんか?
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天狗シデと呼ばれる植物の生息地が広島の県北にある。これはイヌシデの一変種で、枝や幹が自然にクネクネと曲がる独特な樹形が特徴の植物だ。この変化は突然変異により生まれたものだとされている。通常、突然変異で生まれた奇形生物は一代限りでその性質が終わることがほとんどで、種子による有性繁殖では引き継がれない。サボテンなどの多肉植物の綴化てっかや錦、石化などの突然変異体は基本的に栄養繁殖という挿し木や接ぎ木で増殖させることが多い。栄養繁殖であれば、クローンとして元の個体の突然変異という特徴を引き継ぐことが簡単に行うことができる。しかし、突然変異植物である天狗シデは、有性繁殖によってその性質が代々受け継がれており、この中国山地の山間に群落を形成するまでに至っている。こうした事例は世界的にも極めて稀だそうで、貴重なものとして国の天然記念物に指定されている。
今回、この連載で天狗シデを取り上げたのは、この天狗シデが珍しいものだからということではない。僕が興味深いなと感じたのは、地元の人々によるこの植物の保全の手段だ。この植物の命名の由来は、「この木に登れば天狗に投げられる」「木に傷をつけると天狗のたたりをうける」など地元の人々に対して、木を痛める者には天狗による災いがあると言い伝えたのだ。国内には親鸞聖人が植えたとされる「逆さ銀杏」や、源頼朝公が地に挿した杖から芽吹いたとされる「頼朝杉」など歴史的人物が関わる伝説を巨木に重ねて大切にしてきた多くの事例がある。巨木や珍樹を貴重なものだと捉え、後世まで残すためにありがたい物語をまとわせて繋いでいく。これはこれでわかりやすく大切にされやすい手段だろう。それとは別にたたりや災いがあるという負の伝説を纏わせて恐怖により樹木を守っていくという手段は、ある意味日本らしい考え方かもしれない。例えば植物にまつわる言い伝えでいうと「ビワの木を庭に植えると不幸が訪れる」、「カキツバタを育てるのは縁起が良くない」など、負の迷信を背負わされているものもある。
ビワは葉や種や実に大変優れた薬効を持つということがわかっており、もしかしたら病人が減ってしまうことで困る人間が迷信を流布したのか、または別の誤った解釈で負の印象が出回ってしまったのか今となっては知る由もないが、いずれにしてもビワは良薬であり、庭にあると助かる木なのだ。カキツバタは江戸時代、高貴な花として公家のみが扱える植物であった。町民たちにとってカキツバタを扱えないという理不尽な現実がいつの日か縁起がよくない植物という印象にすり替わってしまった。そうして町民はよく似たハナショウブを愛すようになり、ハナショウブは品種改良によりたくさんの園芸品種が作出され楽しまれた。人気のなくなったカキツバタの品種はいまだに少ないままだ。カキツバタは縁起が悪い植物でもなんでもないのに。これら植物の負の迷信はいまだになんとなくだとしても語り継がれているかもしれない。
こうした表面的な情報で本質を見失うということは世の中にたくさんあるような気がする。天狗シデは名前のインパクトや逸話がとてもわかりやすく効果的で、先人の知恵で植物を守った成功例と言えるだろう。変なレッテルで悪い印象を持たされた植物も裏にはおもしろい真実があるかもしれない。
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この連載は、「月刊フローリスト」からの転載です。
最新話は、「月刊フローリスト」をご覧ください。

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著者

小田康平

1976年、広島生まれ。2012年、〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋「叢-Qusamura」をオープン。国内外でインスタレーション作品の発表や展示会を行う。最新作は、銀座メゾンエルメス Window Display(2016)。http://qusamura.com

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