第85回
28〜30話
2020.04.28更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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28 心の持ち方で感じ方も変わる
【現代語訳】
自然の暑さは必ずしも除かなくとも、暑さを気にして悩む心を除けば、体は常に涼しい台の上にいるようなものになる。また、現実の貧しさは追いやることはできなくても、貧しさを気にして悩む心を追い出せば、心はいつも安楽な家にいるように楽しくて平穏なものになれる。
【読み下し文】
熱(ねつ)は必(かなら)ずしも除(のぞ)かず、而(しか)して此(こ)の熱悩(ねつのう)(※)を除(のぞ)かば、身(み)は常(つね)に清涼(せいりょう)台上(だいじょう)に在(あ)らん。窮(きゅう)は遺(や)るべからず、而(しか)して此(こ)の窮愁(きゅうしゅう)を遺(や)らば、心(こころ)は常(つね)に安楽(あんらく)窩中(かちゅう)に居(お)らん。
(※)熱悩……熱いと思い悩む心。なお、本項の解釈において参照になるのが、「心頭(しんとう)を滅却(めっきゃく)すれば火(ひ)もまた涼(すず)し」の句である。この句の内容は「無念夢想の境地にいたれば、火さえも涼しく感じられる。心の持ちようで、どんな苦痛でもしのげるということ」である(『故事・俗信ことわざ大辞典』小学館)。天正十年(1582年)に織田信長勢に攻められ焼かれた甲斐の恵林寺の快川(かいせん)禅師が言ったとしてこの句が有名となった。ただ、『菜根譚』はここで心の持ち方次第と言い、それも一理あるが現代日本の夏の暑さを見たら、うまくエアコンを使って体調管理をすることも併せ説くだろう。ここでも「中庸」の心は忘れてはいけないと述べると思う。
【原文】
熱不必除、而除此熱惱、身常在淸涼臺上。窮不可遣、而遣此窮愁、心常居安樂窩中。
29 手を引く勇気と決断のあることも考えておく
【現代語訳】
前に進むときには、もし問題がある場合には一歩下がって対処することも考えておかねばならない。そうしておけば、垣根に角を突っ込み、身動きが取れない雄羊のようにならないで済む。また、手をつけるときには、うまくいかないときには手を引くことも考えておかねばならない。そうしておけば、虎の背に乗って突っ走り(騎虎の勢い)、降りるに降りられないという危険を冒さないで済む。
【読み下し文】
歩(ほ)を進(すす)むる処(ところ)、便(すなわ)ち歩(ほ)を退(しりぞ)くを思(おも)わば、庶(こいねが)わくは藩(まがき)に触(ふ)る(※)るの禍(わざわ)いを免(まぬが)れん。手(て)を着(つ)くるの時(とき)、先(ま)ず手(て)を放(はな)つを図(はか)らば、纔(わず)かに虎(とら)に騎(の)る(※)の危(あやう)きを脱(まぬが)れん。
(※)藩に触る……「藩」は本書の前集43条参照。羊が垣根に角を突っ込んで動けない。
(※)虎に騎る……虎の背に乗って突っ走り(騎虎の勢い)、降りるに降りられない状態。史書に多くある言葉。
【原文】
進步處、便思退步、庶免觸藩之禍。着手時、先圖放手、纔脫騎虎之危。
30 足るを知る人は生き方上手
【現代語訳】
欲望の強い人にとって、その欲はとどまるところを知らない。黄金を分けてもらっても、もっと高価な玉石をもらえなかったことを恨む。公爵の地位をもらっても、領地のもらえる諸侯にしてもらえなかったことを恨むのである。このように、富も権力もある立場にあっても、心のなかはもの乞い同然なのである。これに対し、足るを知っている人は、あかざの羹(あつもの)のような粗末な食事でも、豪華な物よりおいしいと味わい、質素な布のどてらでも、高価な皮の服より暖かいと感じることができる。このようにすれば、貧しい庶民でも、その心と生き方は王侯より上というべきものとなる。
【読み下し文】
得(う)るを貪(むさぼ)る者(もの)は、金(きん)を分(わ)かつも玉(ぎょく)を得(え)ざるを恨(うら)み、公(こう)(※)に封(ほう)ぜらるるも侯(こう)(※)を受(う)けざるを怨(うら)みて、権豪(けんごう)も自(みずか)ら乞丐(きっかい)(※)に甘(あま)んず。足(た)るを知(し)る(※)者(もの)は、藜羹(れいこう)(※)も膏梁(こうりょう)より旨(うま)しとし、布袍(ふほう)も狐貉(こかく)(※)より煖(あたた)かなりとして、編民(へんみん)(※)も王公(おうこう)に譲(ゆず)らず。
(※)公……貴族で公、侯、伯、子、男の一番上の位。
(※)侯……ここでは、右の侯ではなく、領地を有する諸侯のこと。日本でいうところの大名。日本では徳川家康のケチぶり節約志向が「武士道」にもその影響を与えている。家康は単にケチだからというのではなく、良い武士というものは①道、②武芸、③倹約から生まれるとの信念があった(『本多平八郎忠勝聞書』)。それもあってか「欲(よく)深(ふか)き者(もの)には国郡(こくぐん)を与(あた)うること勿(な)かれ」(『塩尻』天野信景著)とも言っていたようだ。
(※)乞丐……もの乞い。「乞」も「丐」も他の人にものを乞うこと。
(※)足るを知る……『老子』の言葉。本書の後集21条参照。
(※)藜羹……あかざでつくった羹(あつもの)。粗食のたとえ。本書の前集11条参照。
(※)狐貉……きつねやむじなの皮でつくった衣服。高価な服のこと。なお、『論語』に「敝(やぶ)れたる縕袍(おんぽう)を衣(き)、狐貉(こかく)を衣(き)たる者(もの)と立(た)ちて恥(は)じざる者(もの)は、其(そ)れ由(ゆう)なるか」(子罕第九)とある(由とは子路のこと)。
(※)編民……庶民のこと。戸籍に編入されている民。
【原文】
貪得者、分金恨不得玉、封公怨不受侯、權豪自甘乞丐。知足者、藜羹旨於膏梁、布袍煖於狐貉、編民不讓王公。
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