第1回
チップチューンとはなにか?
2017.01.26更新
【この連載は…】ゲーム機の内蔵音源チップから誕生した音楽ジャンル「チップチューン(Chiptune)」。その歴史を紐解く待望の書籍『チップチューンのすべて』(2017年5月発売予定)の一部を、全10回にわたってお届けします。
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■チップチューンの定義
「ファミコンやゲームボーイの音楽。あるいは、それら風の音楽」
誰にでも分かるように「チップチューンとは何か」を説明するとしたら、まずはこんな表現になるだろう。あの安っぽくて懐かしい1980~90年代初頭のゲーム音楽から、テイストをそのまま持ってきた、あるいは主要素としてとり入れた音楽のことである。そういった音楽が、現在ではゲームのBGMという枠を超え、より幅広い表現の場で作られ、聴かれるようになっている。レトロゲーム機(風)の音楽なのに、ゲーム音楽ではない──という不思議なものを形容するための言葉。それが「チップチューン」なのである。
そもそも「チップチューン」の核心である「チップ」──すなわち「音源チップ」とは、一体何なのだろうか。連載一回目の今回は、まずその成立史を追うところから、「チップチューン」の誕生の経緯を紹介していきたい。
■超小型シンセサイザ・PSG
「音源チップ」──それは1970年代に、いわゆる半導体革命の中で誕生した発明品だった。ありとあらゆる電子回路がICやLSIといった豆粒大~親指サイズの部品に集積されていくなかで、コンピュータの中枢部が「CPUチップ」になったのと同じように、シンセサイザの主要機能もまた「音源チップ」になった。音源チップとは、つまり超小型シンセサイザのことなのである。
集積によって大幅な低コスト化を実現した代わりに、性能面では市販のシンセサイザに比べて格段に非力だったが、そもそも最初に需要を見込んでいたのはビデオゲームの効果音であって、音楽は「やってできなくもない」程度の、いわば付随的な要素でしかなかった。だから多少音痴でも構わなかったし、同時発音数も二つか三つあれば十分だったし、音色も剥き出しの電子音(矩形波)だけでよかった。そうした状況下に生まれた最初の音源チップのひとつがAY-3-8910、通称PSG (Programmable Sound Generator) だった。
「まっとうな音楽には不十分」であることは、PSG(とその同世代の音源チップ)の弱点であると同時に、本質でもある。PSGが普及しはじめた当時、その音楽をシリアスなものとみなす人は皆無だった。やがてPSGはビデオゲームのBGM (VGM) に多用されるようになり、多くの子供たちがその音に愛着を感じるようになるが、「大人の鑑賞に耐える音楽」とみなされることは依然としてないままだった。だが『スーパーマリオブラザーズ』が全世界で4000万本を越えるヒット作となるに至って、VGMは「世界でもっとも数多く聴かれ、もっとも幅広く認知された電子音楽」となる。「音楽未満」とされながら「もっとも大衆的」でもあるという、この矛盾に満ちた異形のコンピュータ・サウンドは、一体どう評価されるべきものであろうか? それは当のゲーム音楽好きたちにも分からなかったし、どんな音楽評論家も、それを適切に位置づけるための言葉を持ち合わせていなかった。というよりそもそも、とりあおうともしなかった。コンピュータ音楽の本流からは見向きもされず、ポピュラー音楽においても完全に黙殺されたまま、音源チップによるVGMの時代は1990年代半ばに終焉を迎える。
チップチューンはこうした捻れの果てに生まれた音楽だ。VGMに聴き惚れていた少年たちが成長し、自らのルーツとしてVGMを直視し、己の音楽スタイルとして意図的に選択したとき、チップチューンの時代は始まった。もっといい音源が使える時代になっていたにも関わらず、あえて古い音源チップの音にこだわる。そこがVGMとチップチューンの根本的に異なるところである。
PSG時代のVGMは、1990年代末にテクノという音楽ジャンルを通して再発見される。「音楽未満」の世界が、ここで他の音楽に類を見ない「新しさ」として肯定的に捉え直され、レトロ・フューチャーやエレクトロ・リバイバルの文脈に組み込まれた。こうしたテクノ経由の価値観と、折からのレトロゲーム・リバイバルによって、音源チップ(風)のサウンドを自らの意思で選択する人々は飛躍的に増えていった。ムーブメントとしてのチップチューンは、実質的にここから始まったと言っていいだろう。それは同時に、チップチューンのさらなる発展と拡散の始まりでもあった。一体どこからどこまでがチップチューンで、どんな一線を越えるとチップチューンではなくなるのか? という新たな問いが、この頃から提起されるようになる。
■実機派とチップスタイルの対立
古き音源チップの使用にこだわる「実機」派と、現代的な音楽制作環境でそれをシミュレートする「チップスタイル」派の乖離も、この頃に始まったものである。前者が本物のチップチューンで、後者は偽物(だから「フェイクビット」などとも呼ばれる)であるとする言説が今日しばしば叫ばれる。だが誤解を恐れずにいえば、チップチューンを成立させる要件はPSG的な音源チップの有無ではない。音源チップの存在は象徴ないし共通言語として捉えるべきだ。たとえばここに、ふたつの音源ハードウェアがあるとしよう。どちらも性能は同一だが、片方は音源チップ1個だけ、もう片方はより原始的な部品2個以上で構成されている。このふたつが全く同じ音楽を奏でるとき、前者はチップチューンで後者はチップチューンではないとするのなら、それは行き過ぎた原理主義だろう。チップチューンか否かは、あくまで音の質感で判断されるべきことだ。もちろん「音源チップで完結すること」への属社会的ないし美学的なこだわりはあって然るべきだが、それは認否認とはまた別の話である。
では質感の面においては、どこまで音源チップの枠を遵守することが求められるのだろうか。ヴォーカルを足したものはどうなのか? だいたいFM音源チップやスーパーファミコンの音源チップも範疇に含まれるのだろうか? 身も蓋もないことを言ってしまえば、こういった質問には模範解答が存在していない。なにしろチップチューンというジャンルは、もともとコモドール64の音楽を「模倣する」ところから始まっているのだ。その時点では「単純波形を用いること」「とにかく音楽データのサイズを小さくすること」以外に規範らしい規範はなかった。だから最初から拡大解釈を宿命づけられていたのである。実際、1997年頃にはもう一部でかなり自由な解釈が行われており、単純波形の音をわずかしか使わないチップチューンさえすでに存在していた。
だがもちろん、何でもありというわけではない。どんな音楽ジャンルにも、その内外を隔てる境界線は(たとえぼんやりとでも)どこかに存在するものだ。ただ1990年代末の時点では、その議論さえまだ曖昧模糊としていた。そこで2001年に私は、世界初の総合的なチップチューン・ニュースサイト「VORC」を設立するにあたって、「少なくとも半分以上のパートがチップ由来の音で奏でられていること」をチップチューンの要件として定めた。この認識は広く共有されたものではないが、音楽ジャンルの変化と発展を阻害しない──つまり定義が権力になってしまわない──ぎりぎりの線で「チップチューンとは何か」という問に答えるなら、恐らく今日でも最良の解答といえるものであろう。
チップチューンに携わる人々の中には、音源チップの原理原則にこだわりたい人もいれば、美味しいところだけ活用したい人もいるわけだが、いずれの場合も根本にあるのは、かつて「音楽未満」だったものを「音楽」として扱いうることに対する喜びとやりがいである。「ゲームのピコピコ音が好きだ」と主張するとき、もじもじと恥ずかしがる必要は、いまやどこにもない。その環境を20年かけて準備してきたのが、チップチューンなのだ。
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匿名
2017.01.26
こんにちは
ファミコンやマークIIIの影響からかチップチューンが大好きですが「音楽ジャンル」なのか、大いに悩むところ。チップチューンでアレンジされた曲(ロックやポップス、ハードコア、ダブステップなど)は結局元のジャンルと同じですし。
個人的に考えてみたチップチューンの琴線に触れるかどうかの認定要件は以下のいずれかを満たすかどうか、かも
・高速アルペジオがあるか
・PSG/FM音源系 or 低ビットレート(16KHz?)のPCM をメインパートに使っている
・ドラムパートがPSG/FM音源系(ただしRolandのTR系は除く)