第5回
アーティスト・インタビュー vol.4 Saitone
2017.03.30更新
【この連載は…】ゲーム機の内蔵音源チップから誕生した音楽ジャンル「チップチューン(Chiptune)」。その歴史を紐解く待望の書籍『チップチューンのすべて』(2017年5月発売予定)の一部を、全10回にわたってお届けします。
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連載第2回目以降からは、国内のチップチューン・シーンを支えるアーティストの方々へのインタビューを、書籍に先立ち一部公開していきます。チップチューンとの出会いや楽曲の制作秘話などに迫ります。
▼プロフィール
Saitone(サイトーン)
国内に於いて早くからGameboy-Chiptuneをリリースしてきたひとり。8bit音源を用いて8bitに依存しない未知の音楽を開拓しようと試行錯誤している。
2008年には1st Album『Overlapping Spiral』をリリース。また、「Plaid」や「U-zhaan × rei harakami」を始めとしたジャンルを超えたリミックスワークや各種コンピレーション、ニューヨーク、オーストラリア、スウェーデンなどで海外公演を行うなど多方面に活動中。
最新作はチップチューン専門レーベル「CheapBeats」(www.cheapbeats.net/)からリリースした4曲入りEP『Dazzle』。
■原点はシンセサイザーでの「音遊び」
── シンセの音楽全般にお詳しいですが、世代的にいって音楽への入り口はやはりYMOだった?
そうですね。そこからいろいろな電子音楽を聴くようになって、時代をどんどん遡って、ドイツの素朴な電子音楽に行き着くんですよ。クラフトワーク(Kraftwerk)、ノイ!(NEU!)、カン(CAN)あたりですね。YMOは機材も豪勢だし音楽的にも複雑だし、自分も同じようなことやってみたいなんてとても思えなかったけど、あのあたりだと質感的には結構素朴で、音楽的にもそこまで複雑じゃない。こういうのなら自分でもできるのかなと思えるようになりました。はじめて楽譜を分析してみたのは、クラフトワークでしたね。
── そこから音楽を作るほうに行くわけですね。機材は最初どんなものを?
カシオのCZだったかな。それを4トラックのMTRで重ね録りしていました。この頃はまだ遊んでいただけだったんですけど。そのうちバイト代でさらに機材を買ったりするようになって。でも基本的に、ずっと「音遊び」のままなんですよ。友達同士で作ったものを聴かせあって、交換しあったりするだけ。インディ・レーベルにデモを送ったことはあったけど、アルバムとかをまとまった形で発表するようなことはなかったかな。
ゲーム機やパソコンにはほとんど触れていませんでした。高校生くらいの時に弟がMSXを買っていて、それを若干触ったことがあった程度。
── 20代の頃には、サウンドコラージュ的なものとか、エキゾ的な音楽とかも作っておられましたよね。
当時はサンプリングブームが来たり、モンドが流行ったりしていたので、そういうことをやっていたんです。時代に従順だったんですね。その頃にはMacを使って音楽を打ち込んだりもしていました。当時はOpcode Visionがメーンのシーケンス・ソフトで、その他はAKAI S1000、KORG 01w/FD、あとは昔から所有していた安いアナログシンセ等を使用していました。
■インターネットでの楽曲発表
── やがてインターネットの登場によって、手軽に音楽を公開できる時代がやってきます。
インターネットをやるためにWindowsパソコンを新調したのが、1998年頃かな。実は僕の「Saitone」という名前はそのときに生まれたものなんです。ネットをやるにあたってプロバイダに加入すると、最初にメールアドレスの設定が必要になりますよね。でも「斎藤」なんていっぱいいるから弾かれてしまって。いろいろ名前をいじっているうちに行き着いたのが「Saitone」だったんです。
── ホームページは、最初から楽曲発表の場として使おうと考えていたんですか。
いや、単純に仕事の宣伝のためです。僕は自営業なので、その営業用に。でもいざ作ってみると載せることがあまりなくて、けっこう容量が余っちゃったんです。それで趣味の音楽を置かせてもらおうかなと。当初公開していたのは、クラッシック音楽のコラージュです。例えばショパンの曲を一小節とか一拍の単位で切り刻んで、ほかのものと混ぜて、まったく別の曲をでっちあげるような。
── 2001年に僕がSaitoneさんのWEBサイトを初めて訪れたとき、掲示板にちょっとしたコミュニティができていました。chesterfieldさんとかQuarta330くんとか、後に日本の初期チップチューン・シーンを盛り立てていく人々が、早くから顔を出していましたよね。
自分で作った音楽をみんなで発信しているようなところはないかと、当時いろんなWEBサイトを検索して回っていたんですよ。その中にchesterfieldさんのホームページがあったりしたんですが、当時僕が巡った中で一番活気があったのは、oki420さん(フリップミュージック)が当時立ち上げていた「NEON」というホームページですね。oki420さんはとにかく多くの機材を持っている方だったので、そこの掲示板にもすごく多様な人たちが集まっていたんです。みんなで集まってオフ会をしたり、コンピCDを作ったりしましたよ。
── Saitoneさんの掲示板に顔を出していたのは、主にそこで知り合った人たちだったんですね。
■SID Station
── シンセ好きな人たちのオンライン・コミュニティに身を置くようになって、そこで音楽とか機材の話で盛り上がるうちに、チップの音に興味を持つようになった?
そうですね。最初はエレクトロン(Elektron)の「SID Station」です。で、コモドール64のSIDPLAY(サウンド・エミュレータ)。それまで「コモドールなんて聞いたこともない」みたいな感じだったんですけど、ネットで調べてみると、SIDの音楽ファイルがネット上に無数にあるんですね。それをWindowsのアプリで聴けることがわかった。初めてSIDの音楽を聴いたときの衝撃はすごかったです。当時のシンセって、いかに生楽器やアナログシンセの音に近づけるかっていうのが主流だったんですが、それと正反対のものが出てきたぞっていう。
── SID Stationの購入者ってまだ日本にはごく僅かしかいなかったはずなので、買うには結構勇気がいったのでは。
いりましたね。アルミ剥き出しのシンプルな箱に、電卓みたいな画面とボタンやツマミがいくつか付いているだけ。それで99,800円ですからね。でもSIDの音にめちゃくちゃ惹かれたんです。インパクトがでかすぎて。SID Stationでは、クラッシックの曲をそのまま演奏したものを8~9曲作りました。バッハ、モーツァルト、サティ、ラベル、ベートーベン、パッヘルベル。同時発音数が少ないので、少しずつ重ね録りして。自分のホームページで公開したら、物珍しさで聴いてくれている人が結構いました。
よく「SID Stationが気になっているんですけど、どうですか?」って訊かれたりもしたんですけど、設計としてはあまり良くなかった。だから「買わないほうがいいよ」って言ってました(笑)。ユーザーとしてはゾンビ・ネイションが有名ですけど「こんなにレイテンシーが大きいもの、よくライブで使うな」と思ってました。
■nanoloopへの移行
── そこから「nanoloop」に至るわけですが。
SID Stationでガジェット的なものへの興味を呼び起こされて、そこから今度は昔のカシオトーンにハマりました。リサイクルショップで買った1,000円くらいのもので4~5曲は作ったと思います。最初の頃は手弾きで。あとは内蔵のシーケンサーで。Chesterfieldさんとかもそうですけど、周囲にガジェット好きが結構いたので、だんだんそういう人たちに接近していきました。で、あるとき掲示板で誰かにnanoloopの存在を教えてもらって。「えっ、ゲームボーイで音楽?」って驚きつつ、すごく安かったので買ってみたんです。そのあとChesterfieldさんから「Little Sound Dj(LSDj)」を教えてもらって、そっちも買って。僕のすぐ後にQuarta330くんも買っていましたね。
── 三人がいわば日本における、nanoloopとLSDjのアーリアダプターになったんですね。そうしてゲームボーイの音楽に興味を持った人たちが、皆さんの周囲に集まってくるという状況ができた。
nanoloopに関しては、mmfan316(原田大輔)さんの存在も非常に大きいです。彼も当時ホームページでnanoloopの楽曲をアップしていたんです。シンセ好き界隈の人じゃなくて、いわゆるバンド系の人だったんですが、すごくnanoloopの使い方が巧みで。僕はその時、nanoloopとLSDjの両方を持っていて、LSDjの方が音楽的に使えるから、そっちをよく使っていたんですが、「これは負けてられない」と思ってnanoloopに引き戻されたんです。
── nanoloopを使うとどうしても、ある程度曲の作りが似通ってきます。ポップな方向に行くのは難しいので、ノイズとかIDM~エレクトロニカに寄りがちになると思うんですけど。
エレクトロニカは意識していました。あの頃がちょうど全盛期だったんですよね。
── Saitoneさんならではの音の刻み方……変則的リズムの中で無音を大きく取るっていうのも、エレクトロニカの影響といっていいんでしょうか?
あれはもう仕方なしにです。チップチューンでも、昔シンセで作った曲でもやってますが、展開に悩んだ時のやり方なんです。AパートとBパートが出来ているとして、その二つをどう繋げようかと一生懸命間考えるんですけど、結局「つなげなくていいか、このくらい隙間があれば次行った感あるんじゃないか」って開き直ってしまう(笑)。
……この続きは書籍でお楽しみください。
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