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チップチューンのすべて All About Chiptune ゲーム機から生まれた新しい音楽 hally

第4回

アーティスト・インタビュー vol.3 Kuske(Kplecraft)

2017.03.09更新

読了時間

【この連載は…】ゲーム機の内蔵音源チップから誕生した音楽ジャンル「チップチューン(Chiptune)」。その歴史を紐解く待望の書籍『チップチューンのすべて』(2017年5月発売予定)の一部を、全10回にわたってお届けします。
「目次」はこちら


連載第2回目以降からは、国内のチップチューン・シーンを支えるアーティストの方々へのインタビューを、書籍に先立ち一部公開していきます。チップチューンとの出会いや楽曲の制作秘話などに迫ります。


1_kplecraft_photo

▼プロフィール


Kplecraft(プレクラフト)


旧世代の8-bitゲーム機で作られたトラック上で、Kuskeによる宇宙エフェクトサックスとEddieによる変態パーカッションが暴れまわるライブユニット。

チップチューンとエレクトロ・アコースティックサウンドの融合。

ニューヨークで開催されたBlip Festival 2006にYMCKやSaitoneと共に出演のほか、中野METEOR主催で毎年行なわれているイベント「ファミ詣」には初回(2007年)から参加。

8-bit音源のみを使用した作編曲提供も数多く行っている。

http://kplecraft.com/



■サックスとの出会いと楽理の習得


── Kplecraftはチップ・サウンドと生演奏という、本質的に馴染みにくいものを、唯一無二かつ洗練された形で融合させているユニットです。まずは音楽とビデオゲーム、それぞれとの出会いからお聞かせください。


 幼少期にはファミコンばかりやっていて、音楽に目覚めたのは、小学生の頃に買った『ドラゴンクエスト』のCDがきっかけですね。

 そのオーケストラ演奏を聴いてクラシック音楽に興味を持って吹奏楽部に入ったんです。

 サックスはオーケストラにはあまり使われない楽器なので最初選ぶ気はなかったんですが、僕が信頼していた幼馴染が「お前はサックスしか似合わないからこれにしろ」と言うのでやってみることにしました。

 以降ずっとクラシックを聴いていたんですが、それからサックスの出番が多いジャズに興味が移って、音楽大学のジャズ専攻に行くことにしました。

 作曲ができるようになったのは音大に入学して、いわゆるバークリーメソッドを勉強してからですね。


── 大学時代はまだシンセやパソコンによる音楽制作はやっていなかった?


 かろうじてヤマハのQY70(携帯型のオールインワンMIDIシーケンサ)は持っていたんですが、あくまで遊び道具みたいなものとして、ですね。

 ただ、大学時代の最終課題でQY70を使ったことがありました。

「今まで勉強した楽理をなるべく多く使った曲を楽譜に書き、生演奏して提出する」という課題だったんですが、それまで比較的優等生っぽくやってきたんだけど最後の最後に反抗したくなって、QY70でヒップホップ的なビートを作って、その上でサックスをフリージャズ的に吹いたんです。

 課題のテーマを完全に無視したのでその時だけ評価がSからAに落ちました(笑)。


── その頃から打ち込みへの興味が強まっていく?


 いえ、そこからまた生演奏のみにすぐ戻ったんですが、その後に大きなきっかけをくれたのは、友人で漫画家の押切蓮介さんです。

 大学を卒業した頃、近所に住んでて毎週のように一緒に遊んでいたんですが、彼はその頃漫画とは別の活動で「怪奇ドロップ」という名前でテクノを作ってたんですよ。

 四つ打ちのトラックにお経を乗せたり怪談を読んだり。

 そんな音楽を僕は今まで聴いたことがなかったのでものすごく興味を惹かれて、彼にライブをやろうと持ちかけて一緒にイベントを開催したりもしました。

 その一方で、僕自身も「テクノっぽい音を出したい」と思ったんですが、機材のこととかもよくわからなかったので楽器の生演奏とエフェクタだけで無理やりやってみようと思ったんです。

それが Kplecraftの前身になる人力トランスバンド、pcia(ピシア)です。



■偶然の積み重ねから Kplecraft結成へ


── そこからチップチューンへと興味が向かうのは?


 その後テクノ系の人たちと接点ができ、あるイベントで当時まだ20歳くらいだったQuarta330のライブと遭遇するんです。2004年くらいですかね。

 その時点では僕はまだチップチューンのことを知らなかったんだけど、彼の出すゲームボーイとは思えないような低音を聴いて「これはすごいぞ」と思いました。

すぐに自分もやってみたくなって、ゲームボーイとNanoloop(ゲームボーイの音楽制作ソフト)を買いました。


 当時のNanoloopはメロディに使えるパートが二つしかなくて、その制約の中での曲作りは楽理から入った自分にとってはとても難しく、結局うまく使いこなせずに一旦挫折しました。

 で、その半年後に「もう一回やってみよう」と思う契機があったんですね。

 とあるサックス演奏の仕事で、ピアノとベースの伴奏者が見つからなくてどうしようかと困っていた時、ふとゲームボーイが目に入って「……これでやっちゃうか」と思ったんですよ。そこから頑張ってもう一回作り始めました。

 仕事の演奏の現場だったので一人だけのステージというのもちょっと不自然だなと思って、pciaでドラムを叩いていたEddieに「ちょっとコンガ叩いてくれ」って声かけました。

 最初 Eddie はあまり乗り気ではなかったのですが、なんとか一日分のセットを作ってやってみたら、「これは意外と面白いぞ」ということになって引き続きやってみることにしました。

 でもNanoloopをあくまでドラムループ的に使っていただけなので、チップチューンのイベントやコミュニティに混ざることはできないと思っていたんです。

 なのでしばらくは横浜の路上とか、Eddieが出入りしてたパンク系のライブハウスとか、全然関係のないところでライブしていました。

 そうしたらある日突然Quarta330からメールが来て「Lo-bit Playground(2004~2012年にかけて開催されていた日本初の定期的チップチューン・パーティ)に出演してくれませんか?」と誘われて、そこでライブをやることになるんです。

 彼と面識があったわけではないので嬉しかったですね。会場で無料配布したCDが、ライブ終了後に一瞬でなくなったのには驚きました。

 それがどこからかMonotonik(海外における元祖ネットレーベルのひとつ)の手に渡って「うちからリリースしないか」って連絡がきたときには「こんなトントン拍子でいいのかな?」と思ってしまいました。


── その翌年、2006年11月に正式なファースト・アルバム『Hamlin』をリリースしています。


 『Hamlin』はそれまでの音楽的衝動を全て詰め込んだ作品ですね。十年経ったいま聴くと、自分が音楽を始めてから蓄積してきたものをそこで一旦全て吐き出したなと思います。

 サックスを始めた頃の衝動から詰め込んだ感じなので、チップチューンだけではなく、音楽家としての蓄積ですね。

 その意味であのアルバムは最初のピークなんです。作り込みとかクオリティの面ではその後の作品の方がいいんですけどね。



■ファミコンへの移行


── しばらくしてゲームボーイからファミコンへと移行しますね。


 ニューヨークで行われた Blip Festival 2006(2006~2012年にかけて開催された世界最大のチップチューン・イベント)に出演する直前にNanoloopのデータが消えてしまったんですよ。

 それから「もうこんな不安定な環境ではやってられない」と思って、mck(ファミコンの音楽をPCで作ることができるソフト)に移行して、その三ヶ月後には8bitpeoples (チップチューン専門ネットレーベルの草分け的存在) から EP『Multi-Boxer』をリリースしました。

 mckのMML方式は、Nanoloopに比べると楽譜的なので、覚えるのは全然苦労しませんでした。

 ただ、ファミコンではNanoloopのような太いキックを出すのがかなり難しかったので、そこは悩みました。

 妥協点を探るうちに、スタイルも少しずつ変わっていって、矩形波を素で出したりとかもするようになりましたね。


── ゲーム音楽に近づけようとする意図が出てきたようにも感じました。


 Nanoloopも三年くらい使って、ダンス・ミュージック的な音も作れるようになったので、一旦それは置いといて、もう一度楽理に基づいた曲作りに戻ってみてもいいかなと思ったんです。

 そうしたら、自然とゲーム音楽に近づいたんですよね。ファミコン時代のゲーム音楽って、ものすごくしっかりと楽理に基いているものが多いんです。音色に頼った音作りができなかったという意味で。


……この続きは書籍でお楽しみください。


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Photo by umihayato

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著者

田中治久 (hally)

ゲーム音楽史/ゲーム史研究家。90年代より国内初のネットレーベル「カミシモレコーズ」を主宰し、自身もチップアーティストとして楽曲制作やライブ活動を行う。2000年代には個人サイト「VORC」を始動、チップチューンやゲーム音楽についての執筆をはじめ、国内における第一人者として知られる。2012年からは新サイト「チップユニオン」の創設に協力するなど、新世代のリスナーにむけてチップチューンや8bitカルチャーの魅力を発信しつづけている。

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