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KEEP MOVING 限界を作らない生き方  武藤将胤

第25回

介護体制の充実は「時間」の確保と「人」の確保

2018.08.23更新

読了時間

【 この連載は… 】 「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病をご存知ですか? 意識や五感は正常のまま身体が動かなくなり、やがて呼吸困難を引き起こす指定難病です。2014年の「アイスバケツ・チャレンジ」というパフォーマンスで目にした方も多いでしょう。あれから約4年経過した現在、まだ具体的な解決法はありません。本連載では、27歳でALSを発症した武藤将胤さんの「限界を作らない生き方」を紹介します。日々、身体が動かなくなる制約を受け入れ、前に進み続ける武藤さん。この困難とどう向き合っていくのか、こうご期待!
「目次」はこちら

脳波と音楽で意思疎通ができたら

 独自の脳波計測システムを開発して脳の信号処理の研究をされている研究者の方がいる。慶應義塾大学理工学部の満倉靖恵教授だ。
 満倉教授は、この計測システムを使って、興味・関心度や好き・嫌いなどの感性をリアルタイムに把握することを、電通サイエンスジャムさんと共同で研究し、実現されていた。
 僕は脳波の取り組みについては2年ほど前から知っており、実用化に向けて何かアイディアがないものかとずっと考えていた。
 僕の頭にあったのは、音ないしは音楽の効果を活用することだった。
 僕らの脳は、ある音楽から固有のイメージを想起する回路が非常に強い。CM制作のときには、音やサウンドロゴによる刷り込みの効果というものを相当考える。実際に脳波の動きとどう関係しているのか専門的なことは僕にはわからないが、それが何かヒントになるのではないかと考えていた。
 音声合成に関して、東芝デジタルソリューションズ「コエステーション」の技術を間近に知ることができたことも大きかった。もし、その人が思っていることを脳波計測で読み取って、言語とつなげることができれば、それを自分の音声合成で語らせることができるはずだ。そういう思いをもつようになった。
 それで満倉教授にコンタクトをとって、「コエステーション」プロジェクトリーダーの金子祐紀さんと共に、僕自身が実験台になってコラボ研究ができないだろうか、とお話ししてみたのだ。
 プロジェクトはスタートした。

 今、実際に脳波を計測する実験を続けている。
  まずワイヤレスヘッドギアを装着し、脳波のデータがタブレット端末に送られるようにセットする。そして、たとえば、「トイレ」をイメージするメロディを流す。それに対して、今、トイレに行きたいと思ったら「イエス」、思っていなかったら「ノー」と意思表示する。
 短いメロディの音楽は、他にもいくつか用意してある。
 着替えがしたい、のどが渇いていて飲み物が欲しい、痰の吸引をしてほしい、など。脳波に反応しやすいのはどんな音だろうかと考えて、僕らで作ったものだ。
 毎日、データをとっている。
 これで、脳波でイエス、ノーがはっきりデータ化されることが実証できれば、そのメロディにイエスと反応したときには、合成音声で、
「トイレに行きたい、お願いします」
 と僕の声で読み上げることが可能になるはずだ。
 脳波で意思伝達ができ、それを自分の声で伝えるというアプリを開発するために実験を繰り返している。
 未来に希望がもてるようなテクノロジー開発のために、これからもアイディアを出し続け、果敢に挑戦し続けていきたいと思っている。

介護体制の充実は「時間」の確保と「人」の確保

「武藤さんは今、何時間?」
「僕は280時間です」
 ALSの患者仲間の方たちと会うと、よくこんな会話をする。
 これは、公的支援を受けて介護者に入ってもらえるひと月当たりの時間だ。
 ALSは、究極的には24時間フルに介護の手が必要になる。これを家族に任せていたら、家族も共倒れになってしまう。だから、それぞれ自分の要介護度を見極めながら、行政に申請して、公的支援のもとに介護者に入ってもらう時間を確保するための闘いをする。
 介護保険に適用される年齢に達していないことは、ここでもハンディとなる。僕は当初、障害者総合支援法による居宅介護ということでヘルパーさんに入ってもらっていたが、時間が短いうえに、サポートしてもらえることがかなり限られていた。
 そこで、家族だけに頼らない介護体制を構築していくためにも、重度訪問介護という支援を受けることにした。
 その結果、現在確保できているのは月280時間。一日約9時間。18時になるとヘルパーさんがいなくなるというのは、そういうことだ。
 今後、気管切開をして人工呼吸器をつけると、夜間でも痰の吸引などが必要になる。24時間介護、月720時間を目指して、時間を延ばしてもらうための申請をし続けないといけない。これは、ほんとにシビアな闘いだ。
 なかには重度訪問介護で816時間を行政に申請、実現することができた方もいる。
 たとえ時間確保ができたとしても、その時間分の人材を見つけられるかが第二のハードルとなる。
 介護の業界は、慢性的に人手不足だ。人が増えても、ほとんどが高齢者介護のほうにまわってしまう。なぜなら、重度障害者の介護よりも高齢者介護のほうが時間は短く、時給が高いからだ。だから、獲得した時間分のヘルパーさんを実際に確保するのはなかなか大変なのだ。
 ここはALSのみならず、難病や重度障害のある人たちがみんな困っている問題である。
 介護される側も、自分たちで介護体制を整えていくことを考えなくてはいけない。
 僕たちも、「WITH ALS」として、訪問介護やデイサービスといった介護支援領域でも何か貢献できないかと考えている。
 今の時代、人材を潤沢に確保するのはむずかしい。人間だからできることも大事だが、それプラス、テクノロジーの力を有効活用することを考えないと、やはり立ちゆかない。だから、僕はテクノロジー、テクノロジーと言うのだ。
 分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」の開発者である「オリィくん」こと吉藤健太朗さんとよく話していることがある。
「いずれ、自分が視線入力などで介護ロボットを動かして、自分で自分の介護ロボットに介護してもらうみたいなやり方だって、可能になってくるね」
 もちろん人のサポートは不可欠だが、テクノロジーを上手に使っていけば、できることはいろいろある。
 人と人とのコミュニケーションの力、そして新しいテクノロジーの力、ふたつは誰もが幸せに生きていくための大事な両輪だ。

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著者

武藤将胤

1986年ロサンゼルス生まれ、東京育ち。難病ALS患者。一般社団法人WITH ALS 代表理事、コミュニケーションクリエイター、EYE VDJ。また、(株)REBORN にて、広告コミュニケーション領域における、クリエイティブディレクターを兼務。過去、(株)博報堂で「メディア×クリエイティブ」を武器に、さまざまな大手クライアントのコミュニケーション・マーケティングのプラン立案に従事。2013年26歳のときにALS を発症し、2014年27歳のときにALSと宣告を受ける。現在は、世界中にALSの認知・理解を高めるため「WITH ALS」を立ち上げテクノロジー×コミュニケーションの力を駆使した啓発活動を行う。本書『KEEP MOVING 限界を作らない生き方』が初の著書となる。

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