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第11回

26〜27話

2021.04.05更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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7‐7 自分の心が思いやりを忘れていないか、いつもよくチェックする


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。「すなわち、自分の親などの身内の年長者、老人を敬い、その敬う心を広く他人の年長者、老人に及ぼしていくのです。また、自分の子どもなど身内の子弟をかわいがる心を広く他人の子弟に及ぼすのです。そうすれば、天下を治めることはたやすく、自分の手のひらに物をのせてころがすようなものになります。『詩経』には、文王の徳をたたえて、『文王はまず夫人に手本を示して、よく徳化し、次に兄弟に徳化を及ぼし、遂には国家をよく治めた』とあります。つまり、これは、身近な者に対する思いやりの心を他人に拡げていくことを、言ったにすぎないものです。ですから恩恵の心を推し拡めていけば、天下全体も安んじることができますが、反対に恩恵の心を推し拡めなければ、身近な妻子でさえも安んじさせることはできなくなります。昔の聖人が大いに人に優れて偉大だったのは、ほかでもありません。ただ、よく自分の身近な者への思いやりを、広く推し広げて天下万民にまで広げたことにあるのです。今、王の恩恵は、鳥獣にまで及ぶことができたのに、人民には及んでいないとは、いったいどういうことでしょう。世のなかの物は、はかりで測ってからその長短を知ることができます。世のなかの物はすべてそうなっています。これに対し、心は重さも長さもはっきりしないで動きやすいものですから、いっそういつもよく測って、心を正しくさせておかねばなりません。王よ、どうか自分の心をよく測って正してください」。

【読み下し文】
吾(わ)が老(ろう)を老(ろう)として以(もっ)て人(ひと)の老(ろう)に及(およ)ぼし、吾(わ)が幼(よう)を幼(よう)として以(もっ)て人(ひと)の幼(よう)に及(およ)ぼさば、天下(てんか)は掌(たなごころ)に運(めぐ)らすべし。詩(し)に云(い)う、寡妻(かさい)に刑(けい)し(※)、兄弟(けいてい)に至(いた)り、以(もっ)て家邦(かほう)(※)を御(おさ)む、と。斯(こ)の心(こころ)を挙(あ)げて諸(これ)を彼(かれ)に加(くわ)うるを言(い)うのみ。故(ゆえ)に恩(おん)を推(お)せば、以(もっ)て四海(しかい)(※)を保(やす)んずるに足(た)り、恩(おん)を推(お)さざれば、以(もっ)て妻子(さいし)を保(やす)んずる無(な)し。古(いにしえ)の人(ひと)、大(おお)いに人(ひと)に過(す)ぎたる所以(ゆえん)の者(もの)は、他(た)無(な)し。善(よ)く其(そ)の為(な)す所(ところ)を推(お)すのみ。今(いま)恩(おん)は以(もっ)て禽獣(きんじゅう)に及(およ)ぶに足(た)り、而(しか)も功(こう)は百姓(ひゃくせい)に至(いた)らざる者(もの)は、独(ひと)り何(なん)ぞや。権(けん)して(※)然(しか)る後(のち)に軽重(けいちょう)を知(し)り、度(ど)(※)して然(しか)る後(のち)に長短(ちょうたん)を知(し)る。物(もの)皆(みな)然(しか)り。心(こころ)を甚(はなはだ)し(※)と為(な)す。王(おう)請(こ)う之(これ)を度(はか)れ。

(※)刑し……手本を示し、徳化する。
(※)家邦……国家。
(※)四海……天下。
(※)権して……よくはかりで測って。なお、『孫子』にも次のようにある。「勢とは利に因りて権を制するなり」(計篇)。『孫子』では冷静、合理的にはかり比べて勝利を我がものにするようにとの考え方が徹底している。情緒的感情的なものを避けて考えようとする。吉田松陰も計篇全体の骨子は「経、校、佐」の三文字で、具体的、実践的に考えるのが『孫子』だとする(『孫子評註』)。
(※)度……長さを測る。やはり『孫子』でも兵法の五つの測りの一つとして「度」(ものさしで測ること)を挙げている(計篇参照)。ちなみにほかの四つは「量」、「数」、「称」、「勝」である。
(※)甚し……いっそういつも良く測ることを意味している。

【原文】
老吾老以及人之老、幼吾幼以及人之幼、天下可運於掌、詩云、刑于寡妻、至于兄弟、以御于家邦、言擧斯心加諸彼而已、故推恩、足以保四海、不推恩、無以保妻子、古之人、所以大過人者、無他焉、善推其所爲而已矣、今恩足以及禽獸、而功不至於百姓者、獨何與、權然後知輕重、度然後知長短、物皆然、心爲甚、王請度之、

 

7‐8 「木に縁(よ)りて魚を求める」ようになってはいけない


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。「さて、いったい王は戦争を起こし、家来たちの命を危うくしたり、怨みを諸侯に持たれたりしていますが、それで気持ち良いのですか」。王は言った。「いいや。気持ち良いわけがないだろう。自分は、ただ我が大いに欲するところのものを求めたいから戦争をするのである」。孟子が聞いた。「王の大いに欲するところのものは何ですか。それを聞くことができましょうか」。王は笑うだけで答えなかった。そこで孟子は言った。「食べ物が口に食いたりないのでしょうか。軽くて温かい衣服が体に足りないのでしょうか。それともまた、美しく化粧し、着飾った華やかな美人が目に足りないのでしょうか。素敵な歌舞や音楽が耳に足りないのでしょうか。お気に入りの近臣たちが、王の御用を足すのがまだ足りないと思ったのでしょうか。しかし、これらのことは、王が家来に望めば、彼らはすべて何とかするでしょう。まさか、王が戦争をするのはこうしたもののためなのでしょうか」。王は言った。「違う。私が戦争をするのは、そのような理由からではない」。すると孟子は言った。「そうならば、王の大いに欲するところのものというのがわかりました。それは、領地を拡げ、秦や楚を従えて朝見させるようにし、中国に君臨して、四方の野蛮な国々をなで従わせようというものでしょう。しかし、今までのような王のやり方で欲するところを求めるのは、あたかも木によじ登って、魚を捕ろうとするようなものです」。

【読み下し文】
抑(そもそ)も王(おう)甲兵(こうへい)(※)を興(おこ)し、士臣(ししん)を危(あやう)くし、怨(うらみ)を諸侯(しょこう)に構(かま)え、然(しか)る後(のち)心(こころ)に快(こころよ)きか。王(おう)曰(いわ)く、否(いな)。吾(われ)何(なん)ぞ是(これ)に快(こころよ)からん。将(まさ)に以(もっ)て吾(わ)が大(おお)いに欲(ほっ)する所(ところ)を求(もと)めんとすればなり。曰(いわ)く、王(おう)の大(おお)いに欲(ほっ)する所(ところ)、聞(き)くことを得(う)べきか。王笑(おうわら)いて言(い)わず。曰(いわ)く、肥(ひ)甘(かん)(※)口(くち)に足(た)らざるが為(ため)か。軽煖体(けいだんたい)に足(た)らざるか。抑(そもそ)も采色(さいしょく)(※)目(め)に視(み)るに足(た)らざるが為(ため)か。声音(せいおん)耳(みみ)に聴(き)くに足(た)らざるか。便嬖(べんべい)(※)前(まえ)に使令(しれい)するに足(た)らざるか。王(おう)の諸臣(しょしん)、皆(みな)以(もっ)て之(これ)に供(きょう)するに足(た)れり。而(しか)るに王(おう)豈(あに)是(これ)が為(ため)なりや。曰(いわ)く、否(いな)。吾(われ)是(これ)が為(ため)ならざるなり。曰(いわ)く、然(しか)らば則(すなわ)ち王(おう)の大(おお)いに欲(ほっ)する所(ところ)知(し)るべきのみ。土地(とち)を辟(ひら)き、秦(しん)・楚(そ)を朝(ちょう)せしめ、中国(ちゅうごく)(※)に莅(のぞ)んで、四夷(しい)を撫(ぶ)せんと欲(ほっ)するなり。若(かくのごと)き為(な)す所(ところ)を以(もっ)て、若(かくのごと)き欲(ほっ)する所(ところ)を求(もと)むるは、猶(な)お木(き)に縁(よ)りて(※)魚(うお)を求(もと)むるがごとし。

(※)甲兵……ここでは戦争のこと。
(※)肥甘……肥えた肉やおいしい食べ物。
(※)采色……美しく化粧し着飾った華やかな美人。
(※)便嬖……お気に入りの近臣。
(※)中国……中原。この『孟子』で、すでに「中国」という言葉を使っていたのがわかる。中国とは、当時中国世界をその中心と考え、まわりの国々はすべて野蛮な国と考えてそう呼んだ。今も、日本では一般的に中国と呼ばされているが、それは世界の実態に合わないとする考えから英語読みからきた「チャイナ」とか「シナ」とかと言う人もいる。江戸時代前期の日本の儒学者・山鹿素行などは、「日本こそが中国である」とする。本書では(注において、国を指す場合においても)、一般的慣用的な言い方となっている中国をそのまま呼称として用いることにする。
(※)木に縁りて……木によじ登って。慣用句としての、「木に縁りて魚を求むるがごとし」、あるいは「木に縁って魚を求む」の語源。意味は「方法を誤ると何かを得ようとしても得られないこと」、あるいは「見当違いの困難な望みを持つことのたとえ」(『故事ことわざの辞典』小学館)。

【原文】
抑王興甲兵、危士臣、構怨於諸侯、然後快於心與、王曰、否、吾何快於是、將以求吾所大欲也、曰、王之所大欲、可得聞與、王笑而不言、曰、爲肥甘不足於口與、輕煖不足於體與、抑爲采色不足視於目與、聲音不足聽於耳與、便嬖不足使令於前與、王之諸臣、皆足以供之、而王豈爲是哉、曰、否、吾不爲是也、曰、然則王之所大欲可知已、欲辟土地、朝秦・楚、莅中國、而撫四夷也、以若所爲、求若所欲、猶緣木而求魚也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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