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第122回

294~296話

2021.09.15更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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告子(上)

1‐1 人間の本性を善としない考えは人を誤らせる

【現代語訳】
告子は言った。「人の本性は、かわ柳のようなものである。だから義というものは、あたかも曲げものの器のように人の手を加えられてできるものである。人の本性で仁義を行うのは、かわ柳で曲げものをつくるようなものであって、後天的な努力を加えてはじめて可能になるのだ」。これに対し、孟子は言った。「あなたは、かわ柳の本性に従って、曲げものをつくるのか。それともまた、かわ柳の本性に逆らって、うまく加工して曲げものをつくるのだろうか。もし、かわ柳の本性に逆らってうまく加工して曲げものをつくるというのなら、人間も本性に逆らってうまく加工して仁義をするようにするというのか(それは間違っていると思う)。このような間違った考えを説いて天下の人を指導し、仁義の教えに過ちをなすものは、きっとあなたのような言葉であるだろう」。

【読み下し文】
告子(こくし)(※)曰(いわ)く、性(せい)は猶(な)お杞柳(きりゅう)(※)のごときなり。義(ぎ)は猶(な)な桮棬(はいけん)(※)のごときなり。人(ひと)の性(せい)を以(もっ)て仁義(じんぎ)を為(な)すは、猶(な)な杞柳(きりゅう)を以(もっ)て桮棬(はいけん)を為(つく)るがごとし。孟子(もうし)曰(いわ)く、子(し)は能(よ)く杞柳(きりゅう)の性(せい)に順(したが)って、以(もっ)て桮棬(はいけん)を為(つく)るか。将(は)た杞柳(きりゅう)を戕賊(しょうぞく)(※)して、而(しか)る後(のち)以(もっ)て桮棬(はいけん)を為(つく)るか。如(も)し将(は)た杞柳(きりゅう)を戕(しょうぞく)して、以(もっ)て桮棬(はいけん)を為(つく)らば、則(すなわ)ち亦(また)将(は)た人(ひと)を戕賊(しゅうぞく)して、以(もっ)て仁義(じんぎ)を為(な)すか。天下(てんか)の人(ひと)を率(ひき)いて、仁義(じんぎ)に禍(わざわい)する者(もの)は、必(かなら)ず子(し)の言(げん)なるかな。

(※)告子……公孫丑(上)第二章参照。告子の人の本質は善か悪かの議論への考えは、その両方どちらにも決まっていないものというものである。
(※)杞(き)柳……かわ柳。水辺に生ずる柳の一種。
(※)桮棬……曲げものの器。なお、次の文章に出ている「義」については「仁義」とする説も多い。
(※)戕賊……本性に逆らってうまく加工して。

【原文】
吿子曰、性猶杞柳也、義猶桮棬也、以人性爲仁義、猶以杞柳爲桮棬、孟子曰、子能順杞柳之性、而以爲桮棬乎、將戕賊杞柳、而後以爲桮棬也、如將戕賊杞柳、而以爲桮棬、則亦將戕賊人以爲、仁義與、卛天下之人、而禍仁義者、必子之言夫。

2‐1 人に譲れないことには何としても反論する

【現代語訳】
告子は言った。「人の本性は、うずまく水のようである。これを東方に切って落とせば、東のほうに流れるし、これを西方に切って落とせば、西のほうに流れていく。人の本性が、元来、善不善とも分かれていないのは、ちょうど水が東へ流れるか、西に流れるか、決まっていないのと同じである」。孟子は言った。「なるほど、本当に東西の区別はないようだが、上下の区別があるのではないか。人の本性が善であるのは、ちょうど水が低いほうに流れるようなものである。人の本性は善なのであって、それは水が低いほうに流れるのと同じである。今、もし水を手で打ってはねさせると、水しぶきは人の額よりも高く上げられるし、水の流れをせき止めて逆流させれば、山の上まで行かせることもできる。しかし、それは水の本性であろうか。外からの加えた勢いがそうさせるのである。同じように、人の本性も善なのだが、不善をなさせることができるのは、人の本性も水の流れのように、外から加えた勢力によって善を不善にすることがあるのである」。

【読み下し文】
告子(こくし)曰(いわ)く、性(せい)は猶(な)お湍水(たんすい)(※)のごときなり。諸(これ)を東方(とうほう)に決(けっ)すれば、則(すなわ)ち東流(とうりゅう)し、諸(これ)を西方(せいほう)に決(けっ)すれば、則(すなわ)ち西流(せいりゅう)す。人性(じんせい)の善(ぜん)不善(ふぜん)を分(わ)かつこと無(な)きは、猶(な)お水(みず)の東西(とうざい)を分(わ)かつこと無(な)きがごときなり。孟子(もうし)曰(いわ)く、水(みず)は信(まこと)に東西(とうざい)を分(わ)かつこと無(な)きも、上下(じょうげ)を分(わ)かつこと無(な)からんや。人性(じんせい)の善(ぜん)なるは、猶(な)お水(みず)の下(ひく)きに就(つ)くがごときなり。人(ひと)、善(ぜん)ならざること有(あ)ること無(な)く、水(みず)、下(くだ)らざること有(あ)ること無(な)し。今(いま)夫(そ)れ水(みず)は、搏(う)ちて之(これ)を躍(おど)らせば、顙(ひたい)(※)を過(すご)さしむべく、激(げき)して(※)之(これ)を行(や)れば、山(やま)に在(あ)らしむべし。是(こ)れ豈(あに)水(みず)の性(せい)ならんや。其(そ)の勢(いきお)い則(すなわ)ち然(しか)るなり。人(ひと)の不善(ふぜん)を為(な)さしむべき、其(そ)の性(せい)も亦(また)猶(な)お是(かく)のごときなり。

(※)湍水……うずをまいている水。
(※)顙……額。
(※)激して……ここでは、水をせき止めて逆流させること。なお、本性の議論については、孟子の説には理論的でないとの批判も多いが、自分の性善説を決して譲るわけにはいかないという決意と、相手が水の例を出してきたので、その水の例で反論していく様子は、孟子の弁説の鋭さをよく見ることができる。

【原文】
告子曰、性猶湍水也、決諸東方、則東流、決諸西方、則西流、人性之無分於善不善也、猶水之無分於東西也、孟子曰、水信無分於東西、無分於上下乎、人性之善也、猶水之就下也、人、無有不善、水、無有不下、今夫水、搏而躍之、可使過顙、激而行之、可使在山、是豈水之性哉、其勢則然也、人之可使爲不善、其性亦猶是也。

3‐1 論争に負けないい気概を持つ(自説に自信とこだわりを持つ)

【現代語訳】
告子は言った。「生と性とは同じ音であるが、生、すなわち人が生まれたままの持っているすべてを性というのである」。孟子は言った。「人が生まれ持ったすべてが性というのは、例えば白いものなら、すべてを白というようなことなのか」。告子は答えた。「そうだ」。孟子は、さらに言った。「では、羽の白いのを白いとするのは、雪の白いのを白いとするのと同じく、雪の白いのを白いとするのは、玉の白いのを白いとするのと同じであるか」。告子は答えた。「その通りだ」。孟子は言った。「そうだとすれば、犬の性は牛の性に同じく、牛の性は人の性と同じことになるが、それでよいのか(これら動物の性と人間の性は同じに考えない孟子の道徳的立場からは、とても考えられない)」。

【読み下し文】
告子(こくし)曰(いわ)く、生(せい)之(これ)を性(せい)(※)と謂(い)う。孟子(もうし)曰(いわ)く、生(せい)之(これ)を性(せい)と謂(い)うは、猶(な)お白(はく)之(これ)を白(はく)と謂(い)うがごときか。曰(いわ)く、然(しか)り。羽(はね)の白(しろ)きを白(しろ)しとするは、猶(な)お雪(ゆき)の白(しろ)きを白(しろ)しとするがごとく、雪(ゆき)の白(しろ)きを白(しろ)しとするは、猶(な)お玉(たま)の白(しろ)きを白(しろ)しとするがごときか。曰(いわ)く、然(しか)り。然(しか)らば則(すなわ)ち犬(いぬ)の性(せい)は猶(な)お牛(うし)の性(せい)のごとく、牛(うし)の性(せい)は猶(な)お人(ひと)の性(せい)のごときか。

(※)性……人間の本性。「生之を性と謂う」とは、生と性が同じ音であるのを利用して、生命そのものを本性としたのが告子である。これに対し、孟子は、道徳的な立場から本性を論じるので、告子の立場は許せないことになる。そもそも二人の論点はずれていることになり、孟子の性格的な難点を指摘する人も多い。しかし、自分の考え方を絶対に譲らないという孟子の決意がそうさせているのである。

(注)……ここで告子は、一般概念での「生」と「性」を論じているが、孟子は本題をすり替えていじわるな問いをしている。

【原文】
告子曰、生之謂性、孟子曰、生之謂性也、猶白之謂白與、曰、然、白羽之白也、猶白雪之白、白雪之白、猶白玉之白與、曰、然、然則犬之性猶牛之性、牛之性猶人之性與。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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