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第36回

86〜87話

2021.05.14更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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4‐1 前もって良く国を治めていれば、大国も侮らない


【現代語訳】
孟子は言った。「仁を修めたり、仁による政治を行ったりすると、国は栄えることになるが、不仁、すなわち悪いことをしていると、(民が離反し国が破れるなど)国は屈辱を受けることになる。それなのに、屈辱を受けるのを嫌いながら、不仁をしているのは、湿気を嫌っていながら、低地の湿気のたまるところにいるようなものである。もし屈辱を受けるのが嫌なら、徳のある人を尊重し、有能な人を抜てきするのに越したことはない。こうして賢者がしかるべき地位に就き、有能な人が適当な職に就いており、良い政治が行われ、国家が平穏無事であるとする。そのような時に及んで、政治刑罰を公明に行うようにしておくと、大国といえども必ず畏敬するものである。『詩経』は次のように言っている。『(巣づくりをする小鳥の言葉)天が雨を降らさせないうちに、桑の根をはぎとってきて、巣の出入り口を修繕する。こうしておけば、この下にいる人間たちも、私たちをあなどることはあるまい』と。孔子は『この詩をつくった者は、物の道理をよく知った者であろう』と言った。この詩のように、前もって良く国を治めたならば、誰が、その国を侮ることがあろうか」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、仁(じん)なれば則(すなわ)ち栄(さか)え、不仁(ふじん)なれば則(すなわ)ち辱(はずか)しめらる。今(いま)、辱(はずか)しめらるるを悪(にく)んで不仁(ふじん)に居(お)るは、是(こ)れ猶(なお)湿(しめり)(※)を悪(にく)んで下(ひく)きに居(お)るがごとし。如(も)し之(これ)を悪(にく)まば、徳(とく)を貴(たっと)び而(しか)して士(し)を尊(たっと)ぶ(※)に如(し)くは莫(な)し。賢者(けんしゃ)位(くらい)に在(あ)り、能者(のうしゃ)職(しょく)に在(あ)り、国家(こっか)間暇(かんか)(※)なりとせん。是(こ)の時(とき)に及(およ)んで其(そ)の政刑(せいけい)を明(あき)らかにせば、大国(たいこく)と雖(いえど)も、必(かなら)ず之(これ)を畏(おそ)れん。詩(し)に云(い)う、天(てん)の未(いま)だ陰(いん)雨(う)せざるに迨(およ)びて、彼(か)の桑土(そうど)を撤(と)り(※)、牖戸(ゆうこ)(※)を綢繆(ちゅうびゅう)す(※)。今(いま)此(こ)の下民(かみん)、敢(あえ)て予(われ)を侮(あなど)ること或(あ)らんや、と。孔子(こうし)曰(いわ)く、此(こ)の詩(し)を為(つく)る者(もの)は、其(そ)れ道(みち)を知(し)れるか、と。能(よ)く其(そ)の国家(こっか)を治(おさ)めば、誰(だれ)か敢(あえ)て之(これ)を侮(あなど)らん。

(※)湿り……湿気。
(※)士を尊ぶ……有能な人を抜てきする。
(※)国家閒暇……国家が平穏無事であること。
(※)徹り……はぎ取る。
(※)牖戸……出入り口。「牖」は窓、「戸」は出入り口。
(※)綢繆す……修繕する。

【原文】
孟子曰、仁則榮、不仁則辱、今、惡辱而居不仁、是猶惡濕而居下也、如惡之、莫如貴德而尊士、賢者在位、能者在職、國家閒暇、及是時明其政刑、雖大國必畏之矣、詩云、迨天之未陰雨、徹彼桑土、綢繆牖戸、今、此下民、或敢侮予、孔子曰、爲此詩者、其知道乎、能治其國家、誰敢侮之。

 

4‐2 禍福はみな自らが招くものである


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「今、仮に国家が平穏無事であったとする。それを良いことにして、大いに楽しみ、なまけ遊んでいたら、これは自ら災いを求めるようなものである。禍福はみな、自ら招くものである。『詩経』は次のように言う。『(文王は)長い間、天命に一致するように行い、そのために自ら多くの福を求め得た』と。『書経』の太甲篇にも次のようにある。『天のなせる災いは、なんとか避けることもできる。しかし、自らがつくり出した災いは、それから逃れて生きることはできない』と。これは私が先ほど述べたようなことを言っているのである」。

【読み下し文】
今(いま)、国家(こっか)閒暇(かんか)なりとせん。是(こ)の時(とき)に及(およ)んで、般楽(はんらく)(※)怠敖(たいごう)(※)せば、是(こ)れ自(みずか)ら禍(わざわい)を求(もと)むるなり。禍福(かふく)(※)は己(おのれ)より之(これ)を求(もと)めざる者(もの)無(な)し。詩(し)に云(い)う、永言(なが)く命(めい)に配(はい)し、自(みずか)ら多福(たふく)を求(もと)む、と。太甲(たいこう)に曰(いわ)く、天(てん)の作(な)せる孼(わざわい)(※)は、猶(な)お違(さ)く(※)べし。自(みずか)ら作(な)せる孼(わざわい)は、活(い)く(※)べからず、と。此(これ)の謂(いい)なり。

(※)般楽……大いに楽しむ。
(※)怠敖……なまけ遊ぶ。
(※)禍福……災(わざわ)いと福(さいわい)。吉田松陰は、「禍福は己より之を求めざる者無し」という孟子の言葉について次のようにコメントしている。「此(こ)の理(り)を知(し)らざる者(もの)は、天地(てんち)鬼神(きしん)のみ諂(こ)び諛(へつら)いて、己(おのれ)の行(ぎょう)は修(おさ)めず。是(こ)れを福(ふく)を辞(じ)して過(か)を求(もと)むると云(い)う」と松陰らしいことを言っている(『講孟箚記』)。孔子も『論語』で「民(たみ)の義(ぎ)を務(つと)め、鬼神(きしん)を敬(けい)して遠(とお)ざく。知(ち)と謂(い)うべし」(雍也第六)と述べている。これに対し、中国古代思想史を研究する金谷治氏は、「天を語り命を論ずる孟子としては、禍福のままならぬ現実の姿は、わかりすぎるほどにわかっていたであろう」とし、だけれども自らの道徳者としての要請から、こう言ったのだとする。そして、「善を全うする現実に対して、『天道は是なるか否なるか』と怨んだ率直な歎き、天への懐疑は、約二百年のち、『史記』の作者・司馬遷をまたねばならなかった」と述べられる(『孟子(上)』 朝日文庫)。どういうことかというと、前に「伯夷」のところで紹介した儒教への問題提起であろう(公孫丑(上)第二章十参照。司馬遷自身は父の影響から老荘思想への傾斜があったともされている)。
(※)孼……災い。
(※)違く……避けること。
(※)活く……ここでは、災いから逃れて生きること。

【原文】
今、國家閒暇、及是時、般樂怠敖、是自來禍也、禍福無不自己來之者、詩云、永言配命、自求多福、太甲曰、天作孼、猶可違、自作孼、不可活、此之謂也。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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