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第74回

173〜175話

2021.07.07更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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離婁(上)

1‐1 先王の道(仁政)に従い施政すべきである


【現代語訳】
孟子は言った。「(伝説の人物である)離婁のその優れた視力をもってしても、公輸子のような巧みな手先があっても、コンパスや定規がなければ、四角いものや円いものを正確につくることはできない。また、師曠のような耳の良い人でも、六本ずつまとめてある調子笛を用いなければ、五音の音階を正すことはできない。堯舜のような聖人の道でも、仁政を施さなければ、天下をうまく治めることはできない。今、諸侯のなかで仁の心があり、仁者という評判の者がいるにもかかわらず、民にその恩恵や恩沢が届かず、後世に対しても模範となっていないのは、先王の道を行わないからである。だから、『ただ心が良いだけでは政治をするには足りない。形ばかりの良い法や制度だけでは、実効ある政治はできない』と言われているのだ。『詩経』にもこうある。『誤まらず、忘れず。ただ先王の遺法に従う』と。このように先王の道に従って、事を誤った者などいまだかつていないのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、離婁(りろう)(※)の明(めい)、公輸子(こうゆし)(※)の巧(こう)も、規矩(きく)(※)を以(もっ)てせざれば、方(ほう)員(えん)(※)を成(な)すこと能(あた)わず。師曠(しこう)(※)の聡(そう)も、六(りく)律(りつ)を以(もっ)てせざれば、五音(ごいん)を正(ただ)すこと能(あた)わず。堯舜(ぎょうしゅん)の道(みち)も、仁政(じんせい)を以(もっ)てせざれば、天下(てんか)を平治(へいち)すること能(あた)わず。今(いま)、仁心(じんしん)仁聞(じんぶん)有(あ)りて、而(しか)も民(たみ)其(そ)の沢(たく)を被(こうむ)らず、後世(こうせい)に法(のっと)るべからざる者(もの)は、先王(せんおう)の道(みち)を行(おこな)わざればなり。故(ゆえ)に曰(いわ)く、徒善(とぜん)(※)は以(もっ)て政(まつりごと)を為(な)すに足(た)らず。徒法(とほう)(※)は以(もっ)て自(みずか)ら行(おこな)わるること能(あた)わず、と。詩(し)に云(い)う、愆(あやま)らず忘(わす)れず、旧章(きゅうしょう)(※)に率(したが)い由(よ)る、と。先王(せんおう)の法(ほう)に遵(したが)いて過(あやま)つ者(もの)は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。

(※)離婁……伝説の黄帝時代の人。目の力が非常に強かったとされる。
(※)公輸子……春秋時代の魯の人。細工に巧みだったという。
(※)規矩……コンパスと定規。
(※)方員……「方」は四角いもの。「員」は「円」と同じで、円いもの。
(※)師曠……「師」は楽師、「曠」は名。春秋時代の晋の人で音楽師として有名だった。
(※)徒善……心は良いが実践されていない。
(※)徒法……形ばかりの法や制度で実効性がない。
(※)旧章……先王の遺法。

【原文】
孟子曰、離婁之明、公輸子之巧、不以規榘、不能成方員、師曠之聰、不以六律、不能正五音、堯舜之衜、不以仁政、不能平治天下、今、有仁心仁聞、而民不被其澤、不可法於後世者、不行先王之衜也、故曰、徒善不足以爲政、徒法不能以自行、詩云不愆不忘、卛由舊章、遵先王之法而過者、未之有也。

 

1‐2 聖人は自分の才能を十分に尽くしたうえで基準を巧みに利用する


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「聖人は十分に自分の眼の力を尽くしたうえで、さらにコンパス、定規、水準器、墨縄などを用いた。そのためうまく四角いもの、円いもの、平らなもの、まっすぐなものをいくらでも自在につくれたので、それらを用いても用いきれないほどであった。また、聖人は自分の耳の力を十分に尽くしたうえで、六本ずつにまとめた調子笛を用いるので、五音を正すことは自在で、困ることなどはありえなかった。さらに聖人は十分に心の思いを尽くしたうえで、人の不幸を見るに忍びない仁政を行われた。こうしてその仁が天下をおおうようになったのである。だから私は、『高いものをつくるのには必ず丘陵を利用するのが良いし、低いものをつくるには必ず川や沢を利用すればよい』と言っているのである。こうした政治をするには、先王の道を参考にすることが一番良く、それを手本にしないようでは智者とはとうてい言えないであろう」。

【読み下し文】
聖人(せいじん)既(すで)に目(め)の力(ちから)を竭(つく)し、之(これ)に継(つ)ぐに規矩(きく)準(じゅん)縄(じょう)(※)を以(もっ)てす。以(もっ)て方員(ほうえん)平直(へいちょく)(※)を為(な)すこと、用(もち)うるに勝(た)うべからず(※)。既(すで)に耳(みみ)の力(ちから)を竭(つく)し、之(これ)に継(つ)ぐに六律(りくりつ)を以(もっ)てす。五音(ごいん)を正(ただ)すこと、用(もち)うるに勝(た)うべからず。既(すで)に心思(しんし)を竭(つく)し、之(これ)に継(つ)ぐに人(ひと)に忍(しの)びざる(※)の政(まつりごと)を以(もっ)てす。而(しこう)して仁(じん)、天下(てんか)を覆(おお)う。故(ゆえ)に曰(いわ)く(※)、高(たか)きを為(な)すには必(かなら)ず丘陵(きゅうりょう)に因(よ)り、下(ひく)きを為(な)すには必(かなら)ず川(せん)沢(たく)に因(よ)る。政(まつりごと)を為(な)すに先(せん)王(おう)の道(みち)に因(よ)らずんば、智(ち)と謂(い)うべけんや。

(※)準縄……「準」は水準器、「縄」は墨縄。
(※)平直……「平」は平らなもの。「直」はまっすぐなもの。
(※)勝うべからず……尽きない。困ることなどはありえない。
(※)忍びざる……公孫丑(上)第六章参照。
(※)故に曰く……ここの「故に曰く」は、孟子自身の言葉と解したが、昔からのことわざと解する説もある。

【原文】
垩人既竭目力焉、繼之以規榘準繩、以爲方員平直、不可勝用也、既竭耳力焉、繼之以六律、正五音、不可勝用也、既竭心思焉、繼之以不忍人之政、而仁覆天下矣、故曰、爲高必因丘陵、爲下必因川澤、爲政不因先王之衜、可謂智乎。

 

1‐3 トップになる者は仁者でなければならない


【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「このようなわけであるから、仁者だけが君のような高い地位に就くべきである。もし、不仁な人が君などの高い地位に就いているようだと、その悪い人間性が害悪を民にまき散らすことになってしまう。こうなると上は(君は)道理をもって物事をはかり定めることをせず、下にいる者は法を守らなくなる。朝廷に仕える家臣たちは道義を信じなくなり、民間の職人たちはその法度(決まり)を信じなくなり、位に就いている君子は正義に背くようになり、一般庶民は刑罰を犯しても平気となる。このようでありながら、国がまだ存在しているのであれば、それはまぐれの幸いでしかない。ゆえに私は、『城や城壁が完全でなくても、武器や甲冑が不足していてもそれは国の災いではない。田野が十分に開発されてないとか、財貨がたくさん集まっていないということは、国の災いではない』と言っているのである。上に立つ者に礼がなく、下の者に学問がないようであれば、暴民による反乱が起こり、国は日を数える間もなくすぐに滅んでしまうであろう。『詩経』も言っている。『天がまさに今、周室をくつがえそうとしている。(周の臣たちよ)そんなに泄泄と、のんきにしている場合ではない』と。「泄泄」とは、「沓沓」のような意味である。君に仕えて義はなく、進退に当たっては礼もなく、口を開けば、先王の道を悪く言うような者は、まさにこの「沓沓」のような行いである。だから私は、『難しいこと、すなわち先王の道を行くことを君に責め勧めることが恭であり、君に善を行うことを述べ、邪悪な道を閉じていくことが敬なのである。我が君にはそんな能力も心もないと見限って正道を勧めない者は賊(逆臣)である』と言うのである」。

【読み下し文】
是(ここ)を以(もっ)て惟(ただ)仁者(じんしゃ)のみ宜(よろ)しく高位(こうい)に在(あ)るべし。不仁(ふじん)にして高位(こうい)に在(あ)るは、是(こ)れ其(そ)の悪(あく)を衆(しゅう)に播(は)するなり。上(かみ)に道揆(どうき)(※)無(な)く、下(しも)に法守(ほうしゅ)(※)無(な)く、朝(ちょう)は道(みち)を信(しん)ぜず、工(こう)(※)は度(ど)を信(しん)ぜず。君子(くんし)は義(ぎ)を犯(おか)し、小人(しょうじん)は刑(けい)を犯(おか)して、国(くに)の存(そん)する所(ところ)の者(もの)は幸(さいわ)いなり。故(ゆえ)に曰(いわ)く、城郭(じょうかく)完(まった)からず、兵(へい)甲(こう)(※)多(おお)からざるは、国(くに)の災(わざわ)いに非(あら)ざるなり。田野(でんや)辟(ひら)けず(※)、貨財(かざい)聚(あつ)まらざるは、国(くに)の害(がい)に非(あら)ざるなり。上(かみ)礼(れい)無(な)く、下(しも)学(がく)無(な)ければ、賊民(ぞくみん)興おこ)り、喪(ほろ)ぶること日(ひ)無(な)けん。詩(し)に曰(いわ)く、天(てん)の方(まさ)に蹶(くつがえ)さんとする、然(しか)く泄泄(えいえい)すること無(な)かれ、と。泄泄(えいえい)とは猶(な)お沓沓(とうとう)のごときなり。君(きみ)に事(つか)えて義(ぎ)無(な)く、進退(しんたい)礼(れい)無(な)く、言(い)えば則(すなわ)ち先王(せんおう)の道(みち)を非(そし)る(※)者(もの)は、猶(な)お沓沓(とうとう)のごときなり。故(ゆえ)に曰(いわ)く、難(かた)きを君(きみ)に責(せ)むる、之(これ)を恭(きょう)と謂(い)う。善(ぜん)を陳(の)べ邪(じゃ)を閉(と)ずる、之(これ)を敬(けい)と謂(い)う。吾(わ)が君(きみ)能(あた)わずと、之(これ)を賊(ぞく)(※)と謂(い)う。

(※)道揆……道理をもって物事をはかり定める。
(※)法守……法を守る。決まりを守る。
(※)工……民間の職人。なお、百官、つまり官僚たちと見る説もある。
(※)兵甲……ここでは、武器や甲冑。
(※)辟けず……開発されず。開拓されず。
(※)言えば則ち先王の道を非る……口を開けば先王の道を悪く言う。なお、これを「言(げん)は則(すなわ)ち先(せん)王(おう)の道(みち)を非(あら)ず」と読む説もある。意味は「口にする言葉は先王の道でないもの」などとなろう。
(※)賊……梁恵王(下)第八章では「仁(じん)を賊(そこな)う者(もの)」が賊であるとしている。ここでは民のことを思わず、仁政を行うように君を諫めたり、進言するわけでもなく、君にそんな能力も心もないだろうとする臣は、仁(つまり民、人への愛)もないどうしようもない逆臣である、ということだろう。

【原文】
是以惟仁者宜在高位、不仁而在高位、是播其惡於衆也、上無衜揆也、下無法守也、朝不信衜、工不信度、君子犯義、小人犯刑、國之所存者幸也、故曰、城郭不完、兵甲不多、非國之災也、田野不辟、貨財不聚、非國之害也、上無禮、下無學、賊民興、喪無日矣、詩曰、天之方蹶、無然泄泄、泄泄猶沓沓也、事君無義、進退無禮、言則非先王之衜者、猶沓沓也、故曰、責難於君、謂之恭、陳善閉邪、謂之敬、吾君不能、謂之賊。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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