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第54回

157〜159話

2020.03.13更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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157 自分のなかに眠っている才を無駄にしてはいけない


【現代語訳】
昔のある偉い人がこう言っている。「自分の家には、宝の蔵が無限にあるのに、それに気づかず鉢を持ってまわる物乞いのまねをしている」。また、ある偉い人が言っている。「にわか成り金の心貧しい者よ。自分のちょっとした成功による富を、自慢してひけらかすのはやめよ。誰の家のかまどにも、飯をたく火の煙ぐらいは立っている」。前者は、自分の持つ資質や人生の価値に気づいていない者を戒め、後者は、自分のちょっとした成功による財産を、大げさに誇る者への戒めを言っている。学ぶ際には気をつけたいものだ。

【読み下し文】
前人(ぜんじん)(※) 云(い)う、「自家(じか)の無尽蔵(むじんぞう)を抛却(ほうきゃく)して、門(もん)に沿(そ)い鉢(はち)を持(じ)して貧児(ひんじ)に効(なら)う」と。又(また)云(い)う、「暴富(ぼうふ)の貧児(ひんじ)(※)、夢(ゆめ)を説(と)くことを休(や)めよ、誰(た)が家(いえ)の竈裡(そうり)にか火(ひ)に烟(けむり)無(な)からん」と。一(いつ)は自(みずか)ら所有(しょゆう)に昧(くら)きを箴(いまし)め(※)、一(いつ)は自(みずか)ら所有(しょゆう)に誇(ほこ)るを箴(いまし)む。学問(がくもん)の切戒(せっかい)と為(な)すべし。

(※)前人……昔のある偉人。古人。
(※)暴富の貧児……にわか成り金の心貧しい者。
(※)箴め……戒め。なお、よく使われる箴言(しんげん)とは戒めのことばのこと。本項に似た吉田松陰の箴言がある。「天下(てんか)才(さい)なきに非(あら)ず。用(もち)いうる人(ひと)なきのみ。哀(かな)しきかな」というものである。人はそれぞれに何かに才能があるというのだ。

【原文】
前人云、抛却自家無盡藏、沿門持鉢效貧兒。又云、暴富貧兒休說夢、誰家竈裡火無烟。一箴自昧所有、一箴自誇所有。可爲學問切戒。

 

158 一生学んでいくべきである


【現代語訳】
あるべき道すなわち道徳は、一つの万人共有のものであり、誰もが引きつけて踏み行うようにしたいものである。また、学ぶことは、一つの日常における食事のようなものであるから、誰にとっても欠かすことはできないので、いかなるときも怠るときがないように戒め慎まなければならない。

【読み下し文】
道(みち)(※)は是(こ)れ一重(いっちょう)(※)の公衆(こうしゅう)の物事(ぶつじ)(※)なり、当(まさ)に人(ひと)に随(したが)いて接引(せついん)すべし。学(がく)は是(こ)れ一個(いっこ)の尋常(じんじょう)の家飯(かはん)なり、当(まさ)に事(こと)に随(したが)いて警惕(けいてき)(※)すべし。

(※)道……『老子』の養德第五十一には、「道(みち)、之(これ)を生(しょう)じ、徳(とく)、之(これ)を畜(やしな)い、物(もの)、之(これ)を形(かたち)づくり、勢(いきおい)、之(これ)を成(な)す」とある。老子の言う「道」は、すべての物を生み出す根源であり、もともと存在する偉大なものである。一方の孔子をはじめとする儒学では、「道」はこうあるべき人の生き方であり人が努力してつくっていくもので、「徳」はその内面的な美点である。本項での「道」はこの意味での意味であり、道徳を指している(拙著『全文完全対照版 老子コンプリート』養德第五十一参照)。
(※)一重……一つの。一種。
(※)公衆の物事……万人共有のもの。
(※)警惕……戒め慎む。なお、いわゆる幕末の志士がほとんど読んでいたという佐藤一斎の『言志四録』で一番有名な箇所が次の文章である。「少(しょう)にして学(まな)べば、則(すなわ)ち壮(そう)にして為(な)すこと有(あ)り。壮(そう)にして学(まな)べば、則(すなわ)ち老(お)いて衰(おとろ)えず。老(お)いて学(まな)べば、則(すなわ)ち死(し)して朽(く)ちず」。一生学べということだが、『論語』で孔子は、学而第一の第一条に学ぶことの楽しさと喜び、幸せを説いているのにも注意したい(「学(まな)んで時(とき)に之(これ)を習(なら)う。亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや」)。また、教育学者の森信三氏は読書についてであるが、本項のように一つの日常における食事のようなものであると述べている。

【原文】
衜是一重公衆物事、當隨人而接引。學是一個尋常家飰、當隨事而警惕。

 

159 誠実な心を貫く覚悟を持つ


【現代語訳】
人を信じる者は、人は必ずしもみんなが誠実だとは限らないものであるが、少なくとも自分は誠実だということになる。人を疑う者は、人は必ずしもみんなが偽るとは限らないものであるが、少なくとも自分はすでに心を偽っていることになる。

【読み下し文】
人(ひと)を信(しん)(※)ずる者(もの)は、人(ひと)未(いま)だ必(かなら)ずしも尽(ことごと)くは誠(まこと)ならざるも、己(おのれ)は則(すなわ)ち独(ひと)り誠(まこと)なり。人(ひと)を疑(うたが)う者(もの)は、人(ひと)未(いま)だ必(かなら)ずしも皆(みな)は詐(いつわ)らざるも、己(おのれ)は則(すなわ)ち先(ま)ず詐(いつわ)れり。

(※)信……信用する。信じる。頼りになる。まこと。「信」は「仁」とともに孔子の重要視する徳の一つである。ところで、『孟子』はいわゆる性善説に立脚し、「幼児が井戸に落ちるのを見て助けようと思わない人はいない」から始まる四端説が有名である。儒教ではこの性善説が主流となっていった。しかし、誠実な心が大切なのはわかるが、生きていく上で、ただ誠実であれば良いのかという難しい問題が出てくる。ここでは『論語』の次の問答が一つの示唆を与えてくれる。「宰我(さいが)、問(と)うて曰(いわ)く、仁者(じんしゃ)は之(これ)に告(つ)げて、井(せい)に仁(じん)有(あ)りと曰(い)うと雖(いえど)も、其(そ)れ之(これ)に従(したが)わんや。子(し)曰(いわ)く、何(なん)為(す)れぞ其(そ)れ然(しか)らん。君子(くんし)は逝(ゆ)かしむべきも、陥(おとしい)るべからざるなり。欺(あざむ)くべきも、罔(し)うべからざるなり」(雍也第六)。本項は、人はいつも性善というわけではないかもしれないが、とりあえず自分は性善であればすばらしいではないかという、これも一つのあり方を示している。本項の解釈については、本書の前集129条も参照。

【原文】
信人者、人未必盡誠、己則獨誠矣。疑人者、人未必皆詐、己則先詐矣。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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