第1回
はじめに~感情が起こるメカニズム
2017.02.28更新
【 この連載は… 】 悲しみ、怒り、喜び、名誉心……「感情」の成り立ち、脳内作用、操り方を苫米地博士が徹底解剖! 単行本出版を記念して、書籍の厳選コンテンツを特別公開いたします。
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■はじめに
怒り、悲しみ、嫌悪、喜び、愛しさ……。人がなんの感情も抱かずに一日を過ごすことなどあるでしょうか。
仕事で自分が提案した企画が通らず悲しい、あるいは腹立たしい。もしくは、企画が賞賛されてうれしい、誇らしい。ビジネスの場面だけでなく、たとえば、妻から給料が少ないと嫌味を言われて悔しい、子どもの成績が上がってうれしい、近所の犬に吠えられて恐怖を覚えた、など。およそこの世界で生きていくうえで、私たちは感情と無縁に日々を暮らしていくことなどできません。
しかしこの感情というものは、私たちの思い通りにならないから厄介なのです。むしろ、多くの人は「感情に生活をコントロールされている」といっても過言ではありません。緊張で本領を発揮できなかった。怒りを抑えられず大切な人を傷つけてしまった。名誉心が邪魔して正しい判断ができなかった……。誰にでもそのような経験はあるでしょう。
なお、感情には、ネガティブなものとポジティブなものとがあります。
まず、ネガティブな感情は、21世紀のいま、ほとんど必要がありません。現代の日本で暮らす私たちは、原始時代の人類とは違い、巨大動物に襲われることも、基本的には餓死する不安もありません。生命の安全が担保されている以上、もともとは生命維持や種の保存のために必要だった「恐怖」「怒り」といった感情は必要ないのです。
また、よく「怒りを原動力にがんばれ」「悲しみをバネに飛躍しろ」などといわれますが、それは不可能というものです。なぜなら、怒りや悲しみに支配されると、脳の古い部分(原始的な部分)である大脳辺縁系の扁桃体が優位になって、論理的思考を司る前頭前野の働きが抑えられ、理性的にものを考えて行動することができなくなるからです。仕事がはかどらない、簡単なミスをしてしまう、正しい判断ができない、といったことが起こるのは、そのためです。
では、ポジティブな感情は手放しで受け入れていいものでしょうか?
いえ、実は、ポジティブな感情にも注意が必要です。たとえば名誉心などは、支配者が人を奴隷として従わせる際に巧妙に利用する感情です。あるいは、幸福感を与え、ドーパミンやセロトニンを強烈に放出させることで、カルト宗教やマルチ商法は人を従属させようとします。
では、感情に振り回されないためにはどうしたらいいのでしょう?
実は、それはとても簡単なことです。
感情を娯楽にすればいいのです。
そもそも感情は自分の意思と関係なく生じてしまうもの。気がついたら腹を立てていた、知らず知らず嫌悪していた、という場合がほとんどです。感情が湧くのは人間として自然なことであり、その発生を抑えるのは、よっぽど修行を積んだ人でないと難しいでしょう。
ただし、その感情に振り回されずに、「エンターテインメント」「人生のスパイス」として味わうことなら、考え方一つで誰にだってできます。
一方、実は感情は、人生の目標達成のために上手に使うこともできます。あきらめの感情を分析して本当に大事なものに気づいたり、自分が本当に楽しいと思えることをゴールに設定したり……。コントロールするテクニックを上手に使えば、感情はあなたのゴール達成への強い味方になってくれることでしょう。
しかし、これまでさんざん振り回されてきた感情を、本当に娯楽にすることなどできるのでしょうか?
はい、できます。それもとても簡単に。
感情は、「そうしよう」と思った瞬間に、娯楽になります。感情を娯楽と認識し、視点を高く置くことで、一段高みから抽象的な思考をすることができるようになります。私たちはこれを「抽象度が高い」といいます。すると、これまでコントロール不能だったやっかいな感情が、思いのままにコントロールできるようになるのです。
そのためには、まずは相手を知らなくてはなりません。それぞれの感情はどのように成り立っているのか、どう処理すればいいのか、どう乗り越えていけばいいのか。感情を引き起こす脳のつくりや脳内物質の流れなど、感情が起こる脳科学的なメカニズムについては、次項「感情が起こるメカニズム」で簡単に紹介しますが、実は、そういったメカニズムはあまり重要ではありません。それは一つの知識ではありますが、実際には、その先の思考が大事なのです。
すべての感情には文脈があります。たとえば冒頭に挙げた例でいうと、会社に提出した企画が通らず怒りを覚える人もいれば、悲しみを覚える人もいます。もしかしたら、「よし、これでまた失敗から学べる!」と喜びの感情が湧く人もいるかもしれません。
同じ出来事に遭遇し、同じ脳内物質が発生したとしても、人によって、それまでの経験や思想によって、相手との関係性によって、そしてその出来事が起きたタイミングなどによって、生じる感情は異なります。ですから、脳科学的なメカニズムなどではなく、「文脈」を理解しないと、感情を理解することはできないのです。
そこで本書では、脳科学的な観点だけでなく、社会学的、人類学的な観点から感情のあらゆる側面に迫ります。ユニークな視点の図解をまじえて徹底解剖し、コーチング理論などのさまざまなメソッドを駆使して、感情を自由自在にコントロールする方法を解説していきたいと思います。
本書が、感情に振り回され、苦しい思いや辛い思いをしてきた読者の皆さんの心を解放し、ビジネスでもプライベートでも、人生を充実させるきっかけになることを心から願います。
■感情が起こるメカニズム
感情はどのように起こるのか。
まだわかっていないことも多いのですが、基本的には、次のようなプロセスとなります。
まず、感情が起こるメカニズムを理解するには、ブリーフシステムを理解する必要があります。
私たちの世界観は、側頭葉にある記憶と前頭前野にあるブリーフシステム(認識パターンの組み合わせ)によって成り立っています。ブリーフシステムとは、「自分はこういう人間だ」「世界はこうなっている」という、個々人が強く信じて疑うことのない固定的な思考=信念のことで、さまざまな事象の判断基準となります。「世界を平和にしたい」「弱者を守らなくてはならない」といった社会的にプラスな思考だけでなく、「外国人は異国である日本で差別されて当然」「この世はお金がすべて」といった差別的、自己中心的な思考も信念です。
そういった信念は、自分を含む世界の地図であり、内部表現です。場所だけでなく自分の記憶も色濃く影響している、自我そのもののマップといえます。
次に、情報の処理のプロセスを追っていきましょう。多くの場合、感情には脳の古い部分(大脳辺縁系)の扁桃体と、それにくっついている海馬が深く関わっています。
海馬は、数時間から数日の短期記憶の一時保存を行うと同時に、側頭葉に入っている長期記憶の出し入れのゲートの役割を果たしています。外から入ってきた情報と記憶との照らし合わせにも、海馬が関わっています。
扁桃体には、海馬に働きかけ、それが出し入れする記憶を増幅させたり弱めたりする機能があり、脳内のあらゆる部位とやりとりをし、情動処理の中心的役割を担っています。
目や耳などを通して脳内に入ってきた情報は、海馬によって側頭葉の記憶と照らし合わされます。このとき、情報はなにも物理的にリアルなものである必要はありません。映画や小説のストーリーでも、頭の中で想像したことでも、現実に起こったことと変わらないくらい臨場感が高ければ、脳にとっては同じなのです。催眠術師が実際には痛くないのに痛みを、悲しくないのに悲しみを生み出すことができるのも、そのためです。きっかけは外にあるかもしれませんが、全情報は脳内で生み出されています。
側頭葉の記憶と照らし合わされた情報は、プラスもしくはマイナスのものとして処理されます。さらに、視床、腹側被蓋野、島皮質、側坐核、ブリーフシステムが入っている前頭前野と連携して情報が評価され、多種多様な感情が生み出されるのです。情報と自身のブリーフシステムとの差が大きいほど、感情も大きくなり、扁桃体がその感情をさらに増幅させます。
そのプロセスの中で、いくつかの脳内物質が放出されます。悲しければノルアドレナリン系、幸せならドーパミンやセロトニンなど、パターンは基本的に同じです。そして視床下部を通して感情の情報が流れ、身体に影響を及ぼします。たとえばノルアドレナリンは脳内では神経伝達物質と同じ役割をしますが、身体内では内分泌物質として働き、恐怖で顔がひきつったり心臓の鼓動が速くなったりといった、身体反応を起こします。
ちなみに、どんな脳内物質が出ようと、セロトニンが最後に必ず出てきます。ですので、どんなに恐怖を味わおうと、悲しみに沈もうと、痛みに悶絶しようと、最後には気持ちが落ち着き、安らぎが訪れるのです。
だいぶ簡略化しましたが、感情が起こるメカニズムはおおむね以上のような流れになります。しかし、前述したように、このメカニズム自体は、それほど重要ではありません。大切なのは、感情の「文脈」を理解すること、感情を娯楽として楽しむこと、ゴール達成のために感情をコントロールすることなのです。
次回より、具体的な感情について解説していきます。
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