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「感情」の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方 苫米地英人

第14回

「感謝」の解剖図鑑

2018.02.20更新

読了時間

【 この連載は… 】 悲しみ、怒り、喜び、名誉心……「感情」の成り立ち、脳内作用、操り方を苫米地博士が徹底解剖! 単行本出版を記念して、書籍の厳選コンテンツを特別公開いたします。
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【感謝】kansha



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「感謝」とは……


相手の行為によって、自分が恩恵や利益を受けたことを積極的に評価し、ありがたく感じる気持ち。気持ちを何らかの形で示したり、礼を言ったりすることにより、その感情を表現することが多い。

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■感謝をすると、自分自身も幸せな気持ちになる?


 「感謝」という感情は、非常に良いもの、美しいものとしてとらえられがちです。生き方を説いた本などには、必ず「身のまわりの人に感謝しましょう」「生きていると、生かされていることに感謝しましょう」といった言葉が書かれているはずです。

 また、何かに感謝したときには、脳内に、気分を良くしたり、免疫力を高めたりする働きがあることで知られる神経伝達物質ベータエンドルフィンが分泌され、感謝の感情を持った自分自身も幸せな気持ちになるといわれています。


■感謝は、受け取った厚意への対価にすぎない


 「感謝」という感情は、非常に良いもの、美しいものとしてとらえられがちです。生き方を説いた本などには、必ず「身のまわりの人に感謝しましょう」「生きていると、生かされていることに感謝しましょう」といった言葉が書かれているはずです。

 ウェットなイメージの強い「感謝」ですが、実は本来、非常にドライな感情です。

 たとえば、欧米のレストランで食事をした場合。客は飲食の代金とは別に、ウェイターから受けたサービスへの感謝の気持ちを、チップという形にして渡します。その額が規定以下もしくは規定通りであれば、ウェイターは無言で受け取るか、無愛想に「サンキュー」と言うだけでしょう。

 しかしチップが規定以上の額であれば、満面の笑顔で、心からの感謝をこめて「サンキュー」と言うはずです。このとき、ウェイターは、自分が提供したサービス以上の対価を受け取ったと感じ、そのギャップを、「相手に対する感謝」によって埋めているのです。

 つまり、感謝という感情は、相手から受けた厚意への対価であり、貨幣に換算されることもあれば、貨幣の代わりに用いられることもあるのです。


■日本社会の特殊な事情


 日本の場合はどうでしょう。

 日本にはチップという制度はありません。それどころか、飲食店の経営者や店員は、ときには受け取る対価以上のサービスを提供していても、必ず客に対し、感謝の言葉を述べます。

 このようなことが起こるのはなぜでしょう。それは、「サービスを提供する側(店)とサービスを受け取る側(客)は対等である」と考えられている欧米とは違って、日本社会には「お客さまは神さまである」という考えが浸透しており、サービスを受け取る側の立場が高く設定されているからです。

 しかも日本社会は、儒教の影響を強く受けており、「上の立場」の人間がしてくれたことに対しては、無条件で感謝をしなければならないという意識が働いています。そのため店側は、額はどうあれ、まずはお金が支払われたことに対し、感謝の気持ちを示すのです。


■「お互いに感謝し合う」のも、日本特有の現象


 「お客さまは神さまである」という考えがある一方で、日本には「人はお互いに感謝し合うべきである」という文化も根強く残っています。そのため、客は客で、飲食やサービスへの対価を十分に支払っている場合であっても、店側に感謝の言葉を述べることが少なくありません。

 また、ビジネスメールが必ず「いつもお世話になっております」の一言で始まる国は、ほかにはありません。部下は上司の指示に従って動き、上司は部下のサポートをしただけなのに、互いに「ありがとう」と言い合ったり、親が家事の手伝いをした子どもに、子どもが自分を育てている親に感謝したりすることが多いのも、日本独自の現象だといえるでしょう。


■日本人の「感謝」論


感謝し合うことは、厚意への対価を相殺すること



 日本における感謝のあり方を「美徳である」と考える人もいるかもしれませんが、日本であれ欧米であれ、「感謝という感情が、相手から受けた厚意への対価である」という基本的な事実は変わりません。

 近年、日本の「おもてなし文化」が話題になっています。もしかしたら欧米の人は、日本の飲食店などで、無償で「感謝」を得られることに驚いたり、喜びを感じたりするかもしれません。しかし日本人は日本人で、お互いに「ありがとう」と言い合うことで、感謝という対価を相殺しているだけなのです。

 チップなど、お金を使わずに厚意への対価をやりとりしている日本人は、もっともうまく、そしてずるく「感謝」という感情を利用している民族であるといえるかもしれません。


「厚意のもらい逃げ」は許されない



 「感謝し合う」ことが当たり前になっている日本人は、「厚意のもらい逃げ」に対して、ほかの国の人以上にシビアだといえるかもしれません。

 たとえば、前からやってくる人や車に道を譲ったにもかかわらず、感謝の言葉が返ってこなかったとき。あるいは、試験前に、友人にノートを貸してあげたのに、「ありがとう」の一言もなく、ただノートだけが返ってきたとき。もしあなたが不愉快な気分になったり、相手に腹を立てたりしたなら、自分が「道を譲る」「ノートを貸す」という行為に対し、感謝という対価を求めていた証拠です。

「客と店」「上司と部下」「親と子」といった上下関係があれば、上の立場の人間が下の人間に感謝を示さないのは許されますが、対等な相手に無償で提供したものに対し、感謝という対価が返ってこないのは、食い逃げや万引きと同様、許されないことなのです。


動物の世界には「感謝」は存在しない



 このように、感謝は高度に情報化された、非常に人間的な感情です。

 人間以外の動物には、おそらく基本的には、感謝という感情はないはずです。

 たとえば、動物の親が子どもに餌を運ぶのは、あくまでも本能に基づいての行動であり、子どももそれに対し、感謝をするということはありません。しかし生物学的に見れば、親はその行為によって、「種を保存させる」という対価を得ています。

 人間以外の動物の世界には、「感謝」などという情報上の対価は存在せず、ただ物理的な対価があるだけなのです。


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著者

苫米地 英人

1959年、東京都生まれ。認知科学者、計算機科学者、カーネギーメロン大学博士(Ph.D)、カーネギーメロン大学CyLab兼任フェロー。マサチューセッツ大学コミュニケーション学部を経て上智大学外国語学部卒業後、三菱地所にて2年間勤務し、イェール大学大学院計算機科学科並びに人工知能研究所にフルブライト留学。その後、コンピュータ科学の世界最高峰として知られるカーネギーメロン大学大学院に転入。哲学科計算言語学研究所並びに計算機科学部に所属。計算言語学で博士を取得。徳島大学助教授、ジャストシステム基礎研究所所長、通商産業省情報処理振興審議会専門委員などを歴任。

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