第4回
スーパーおばあちゃん
2019.10.28更新
科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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スタッフルームを出て入居者の部屋を見せてもらう。3回ノック、少し待ってもう一度3回ノック。中から声がしてソフィーさんが「ボンジュール」と入っていく。笑顔で出迎えてくれたのはピンクのブラウスとベスト、グレーのスカート姿の白髪の女性。どうぞどうぞと手招きで部屋に入るよう勧めてくれている。歩行器に手を添えながら、立って1人1人と握手や抱擁で挨拶をする。笑顔を絶やさず、大きな声で話をしてくれるが「アルザス地方の方言で私もわからない」とジネスト氏。
挨拶が一通り終わった。スタッフに勧められ、女性が歩行器に腰を下ろした。歩行器の本体は金属製で赤色に塗られている。柔らかなカーブを描き、ちょうど腰の位置で座れるように台がついている。スタッフが「スーパーおばあちゃんなんですよ。これはフェラーリです」と冗談を言うと、女性が「エンジンはついてないけどね」と笑いながら返した。
部屋は10畳ほど。入ってすぐ右にトイレとシャワーがついた洗面所。洗面所のシャワーの下には椅子、壁には手すりがついている。「椅子と手すりを使って、立ったり座ったりしながらシャワーを行います」とジネスト氏が解説する。洗面所と壁を隔ててベッドが置いてある。窓際にはピンクと水色、黄色のカバーがかかった1人がけのソファー。入って左側は壁沿いにクローゼット、椅子、机が並ぶ。壁には大小の絵と写真。お孫さんだろうか、赤ちゃんと一緒に写っている写真も見えた。
クローゼットの扉に1週間のアクティビティの予定が書かれた表が貼られていた。午前、午後、夜の3つの時間帯に分かれた時間割形式で、予定表にはイラストが添えられている。今週は体操、料理、ゲームなどが計画されているようだ。
部屋を出てエレベーター前に戻り、吹き抜けの渡り廊下の向こうにあるホールへ。朝食会場だという。テラスに面した明るい部屋にオレンジ色のテーブルクロスのかかった4人がけのテーブルが6つ。壁際にはL字形のキッチンがある。
朝食は階ごとに設けられた朝食会場で食べる。こうすることで、入居者は自分で移動しやすく、スタッフも時間を効率的に使えるという。以前は1階の食堂で朝食を提供していたが、階ごとに朝食を食べるようにしたことで時間を30分節約することができるようになったそうだ。
午前7時45分から9時45分までの間であれば何時に来ても朝食が食べられる。「先にシャワーを浴びてから朝食を食べてもいいし、先に朝食を食べたい人はそうしてもいい。自宅と同じようにすることができる」とジネスト氏。「希望すれば部屋で食べることもできますが、目標としては部屋から出てきていただくということを目指しています」と看護部長のソフィーさんから説明があった。
セコイアでは2008年にユマニチュードの研修を始めた。すでに75パーセントのスタッフが研修を受講しており、すべての人が研修を受けることを目指しているという。スタッフのうち2名がユマニチュードのリーダーとして他のスタッフの相談や指導を行っている。
続いて案内されたのは通称「ユマニチュード部屋」。研修や実技の練習を行う部屋だという。手前の研修室の壁にはユマニチュードの基本となる技術である「見る」「話す」「触れる」「立つ」のポイントを解説した紙が貼ってある。本棚には、シーツ交換や移乗の方法、立位の援助や保清の手順など、ケア技術を解説した施設独自のマニュアルや各種の資料がある。奥の部屋にはベッドや車椅子が備えられており、実技の練習ができるようになっている。この部屋を使ってリーダーから指導を受けたり、スタッフ同士で教え合う研修会を月1〜3回開いているという。
2ヶ月に一度、ジネスト・マレスコッティ研究所から送られてくる機関誌やケアに関する資料が机の上に並んでいた。機関誌の名前は「ユマニチュードの絆」。「機関誌を通して研修を受けた人たちとのつながりを保ち続けることができます」とジネスト氏。ケアに関するジネスト氏らの論考や、技術についてのアドバイス、実践者からの寄稿記事などが掲載されている。研究所では機関誌で情報を提供するだけでなく、相互に交流し研鑽を積む場としてユマニチュードのケアを実践する施設が集うシンポジウムを毎年パリで開いている。「感謝の気持ちを込めて、頑張ったリーダーたちをできるだけ連れて行けるように心がけています」と施設長。
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