第5回
閉鎖的でない閉鎖棟
2019.11.05更新
科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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ユマニチュード部屋を出て、看護部長の後に続き訪れたのは左右に開く赤い大きな扉の前。「ここから先は閉鎖棟になります」。鍵を開けて中に入る。建物の中心は吹き抜けになっており、中心部には2階から1階へと下りる階段がある。建物全体に明るい光が射し込んでいる。2階の廊下から階下を見下ろすと、階段脇には大きな観葉植物が葉を広げている。「入居者が自分の生活の場を見ることができます」とスタッフから説明があった。認知症の高齢者の施設にはとても見えない造りだ。
階段は傾斜がかなりある。転げ落ちたりしないのだろうかと疑問に思っているとジネスト氏が解説してくれた。「階段を造るのに反対意見がありました。落ちたら危ないというのです。しかし、階段があることで筋力も維持できる。とてもいい考えだと思います」。看護部長のソフィーさんによると、入居者は怖かったら自分から下りてはいかないという。
階段から1階へ。猫がいた。この施設で飼っているのだという。階段を廊下がドーナツ状に囲んでいる。入居者が歩いて回ることができるよう設計されていると説明を受ける。1階にあるのは、アクティビティ専用の部屋、休憩室、食堂など。窓からは気持ちのいい光が入り、オレンジ、青、黄緑などさまざまな色を使ったインテリアが明るい気分にさせてくれる。「全然閉鎖的な感じがないですね」「全くしないですね。リゾートに来たような気持ちになりますね」。みんな同じような感想を持っているようだ。
コルクの掲示板にアクティビティの時間割が貼られていた。絵画、運動、お菓子作り、ダンス、工作などの活動が、午前に1つ、午後に2つ、月曜から金曜まで提供されている。向こうの方から音楽が聞こえてきた。入居している高齢者たちが集まり、スタッフとともにテーブルを囲んで談笑している。私たちが入っていくと「ボンジュール!」「サバ?」の声。日本のユマニチュード・インストラクターが近づき、挨拶をかわし、握手をして交流している。
ジネスト氏によると、以前にこの施設を視察したカナダの施設の関係者が驚いていたという。カナダの高齢者より若々しく元気に見えたからだそうだ。「年齢が若いのではと言われたが、年齢はフランスの方が高かった。どちらもアルツハイマー型認知症で認知機能もほぼ同じなのに、カナダの施設の関係者には軽度に見えた。状況は同じでもケアの方法でこんなに違うんです」。
ジネスト氏によると、フランスでは行動障害のある認知症の高齢者は、平均すると約3年間施設で暮らし、そのうち2年間は寝たきりであることも多い。しかし、ユマニチュードのケアを取り入れている施設では、4年間穏やかに暮らすことができ、寝たきりになるのは亡くなる前のおよそ1週間だけだという。ジネスト氏はこうも言う。「重度の認知症の高齢者に経管栄養を行う施設も多い。しかし、見てください、ここに鼻からチューブを入れている人はいますか? 1人もいないでしょう」。
言われてみれば確かに鼻にチューブを入れている人はいない。施設は明るくきれいで、出会った入居者は穏やかに暮らしを楽しんでいるよう見えた。「そういえば大きな声を出したり、怒ったりしている人もいなかったなあ」。ケアの仕方によるものだとジネスト氏は言うが本当なのだろうか。ユマニチュードを宣伝したいからそう言っているんじゃないだろうか。うがった考えも頭に浮かんでくる。感心したり、驚いたり、半信半疑になってみたりの1日目の視察がこれで終わった。明日は朝からケアの様子を見せてもらうことになっている。実際のケアをしっかりこの目で見てみよう。そう思いながら寝床についた。
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