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第11回

ホテルのような介護施設

2019.12.16更新

読了時間

 科学ジャーナリストが見た、注目のケア技法「ユマニチュード」の今、そして未来。『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』刊行を記念して、本文の第1章と、日本における第一人者・本田美和子氏インタビューを特別公開! 全18回、毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)に更新します。
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 シャンパーニュ地方の町、トロワ。パリから約150キロ、木骨組みの建物や教会が中世の雰囲気を醸し出す。オーブ県の県庁所在地で、人口は約6万人。パリから日帰りで観光に訪れ、街並みや食事を楽しむ人も多い。
 この町の郊外にある老人ホーム「ヴィラ・デュ・テルトル」が次の目的地。2011年にできた民間の施設だ。2016年にユマニチュードの認証を取得した。アルザスのセコイアとの良い比較になるだろうとジネスト氏が視察先に選んだ施設である。
 中心部から車で10分ほどの静かな住宅街。広々とした敷地に見えてきたのはコンクリートと木を組み合わせた3階建ての建物。
 建物の中に入る。大きな吹き抜けのホール。ロビーには濃い緑色のソファーと白いテーブルが置かれ、天井からはペンダント形の照明が柔らかな明かりを灯している。正面にはフロントデスク。壁には印象派風の風景画が描かれている。カウンターの前には脚の長い椅子が並んでいる。観葉植物と植木鉢の花があちこちに置かれている。
 ホールの左手にはテーブルと椅子が並ぶ大きな部屋がある。入り口の壁に筆記体で「レストラン」の文字が見えた。テーブルは白のガラストップ。椅子は紫色や薄茶色。壁沿いのソファー席もある。各テーブルの上には塩やこしょうの瓶が入った金属製のおしゃれな籠。中央には茶色のカウンターで円形に区切られたオープンキッチン。どこを見ても印象は「ホテル」。介護施設であることを感じさせるものはなにもない。
 出迎えてくれたのはこの施設を運営している法人の責任者ジャン-シャルルさん。短髪にジーンズ、濃紺のジャケット姿の男性。40代くらいだろうか、かなり若い印象だ。そういえばセコイアの施設長の女性も30代そこそこのように見えた。隣にはダブルボタンの白衣を着た眼鏡の男性が立っている。マルクさん。この施設の食事のプロデュースをしているという。ジネスト氏から「ここではミシュランガイドで星を獲得したレストランの料理長だった人が食事を管理している」と聞いていたが、彼のことだろう。
 ジャン-シャルルさんの説明が始まる。テルトルの入居者数は92人、職員数は約60人。スタッフのうち、介護士は28人、看護師は5人。セコイアと同程度の規模である。入居者92人のうち14人は建物内に区切られた認知症の特別棟で暮らしている。
 介護士と看護師以外のスタッフとしては、食事や洗濯などの日常生活を支援する専門員、アクティビティ担当者、作業療法士、心理社会的支援をする心理カウンセラー、セコイアにもいた連携医師など。調理担当者は料理長と調理員が2人。マルクさんはテルトルを運営している法人が所有する他の施設も含め、料理全般を監督している。
「ここは、ホテル的視点で運営しています。医療的な部分は目立たないようにしています。私たちの仕事はケアをすること。それ以外にはないと考えています」とジャン-シャルルさんは話す。 
 ホールの右手に進み、住居のある区画へと向かう。途中、廊下の真ん中にビリヤードのセットが置いてある。入居者や家族が楽しんでいるという。脇を抜けて小さなホールのようなスペースに出た。間接照明が天井を照らす。中央には休憩用のテーブルと椅子。台の上では観葉植物が葉を広げている。左右の壁はところどころ四角くくりぬいたようにくぼんでおり、そこに重厚なグレーの扉が2つずつ並んでいる。これが入居者の部屋の扉だという。この区画にある部屋は全部で14室。確かにホテル的だ。それも高級ホテルである。
「介護施設や病院のような感じがまったくしないのは、扉が壁から引っ込んでいるからです。とても重要な点です」とジネスト氏が説明する。扉の上部からはスポット照明が柔らかな光を注いでいる。
 ジャン-シャルルさんがドアノブにかけるプレートを見せてくれた。ホテルで使われているよくある形のプレートだ。入居者が使うのは「起こさないでください」のメッセージが書かれたプレート。「プライバシーを守るためです」とジャン-シャルルさん。他にスタッフ用のプレートもある。書かれているのは「私は部屋の中でスタッフと過ごしています」の文字。スタッフが入室をしている場合の目印に使っているという。メッセージの主語がスタッフではなく、入居者であるところに感心する。
 部屋に入る。「入居者は留守ですが許可をいただいています」と説明を受ける。個室の居室は22平方メートルの広さ。机とベッド、サイドテーブルは備え付けで、それ以外の家具や冷蔵庫など必要なものは自分でまかなうしくみだ。「自分らしい空間づくりをお勧めしています」とジャン-シャルルさんは言う。木のベッドと白い引き出し付きの机。机の上にはテレビと家族の写真。サイドテーブルの上には白いスタンド型の照明。脇には花柄の刺繍の椅子が置いてある。白と黄色の壁には額入りの絵が飾られている。電動ベッドのリモコン、壁に取り付けられた呼び出し用のパネル、脚が4本ついた歩行補助器、プラスティック製の介護用椅子がかろうじて介護が必要な高齢者の部屋であることを感じさせる。
 呼び出し用のパネルは双方向で話をすることができるしくみになっている。「通話ができるコールシステムは珍しい。呼び出しボタンだけだと返事がないと不安になり何度もボタンを押すことになる。ここではすぐに返事をすることができる」と評価するジネスト氏。
 バスルームには、シャワー、トイレ、洗面台。洗面台の前の壁には黒の縦長のタイル、それ以外は正方形の淡いグレーのタイルが貼られ、現代的な雰囲気を醸し出している。こちらもホテル仕様だ。
 テルトルには夫婦で入居できるよう、2つの部屋をつないで使える居室が2つある。1部屋にはダブルベッドを入れて寝室に、1部屋にはテーブルやソファーを入れて居間として使うことができるという。ダブルベッドは片側ずつ高さが変えられるようになっている。カップルで入れる広い部屋もあり、合計6組まで受け入れ可能だ。
 部屋を出て階段を上り、2階へ。階段を挟んで、マッサージサロン、交流サロン、美容室、スパがある。黒と白のモダンなタイルが貼られたスパの中央にあるのは、シャワーヘッドのついた介護用の浴槽。高さを変えられ、バブルバスにもなり、音楽に合わせて泡や光を出すこともできる。
 入浴に介助が必要な人には、移動式のリフトを使う。「寝たきりの人はリフトがいいが、車椅子の人であればシーツやバスタオルを使って足から移乗すればいい」とジネスト氏が説明した。
「私が見てきた夢、ユートピアをこの施設が実現してくれた。世界でもこういう施設は少ない」とジネスト氏。確かに豪華な施設だ。しかし、業界に詳しくない私でもアメリカやカナダで似たような施設を見たことがある。日本にも高級路線の有料老人ホームが最近増えている。他にもある高級な施設と一体どこが違うのだろうか。

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著者

大島寿美子/イヴ・ジネスト/本田美和子

【大島寿美子(おおしま・すみこ)】 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D)。共同通信社記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Felloswhipsフェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。 【イヴ・ジネスト】 ジネスト・マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。 【本田美和子(ほんだ・みわこ)】 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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