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家族のためのユマニチュード その人らしさを取り戻す、優しい認知症ケア イヴ・ジネスト ロゼット・マレスコッティ 本田美和子

第5回

【認知症介護の本】4つの記憶

2018.09.04更新

読了時間

ユマニチュードは、フランスで生まれ、その効果の高さから「まるで魔法」と称される介護技法です。ユマニチュードの哲学では、ケアをするときに「人とは何だろう」と考え続けます。人は、そこに一緒にいる誰かに『あなたは人間ですよ』と認められることによって、人として存在することができるのです。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を軸にした「技術」で、相手を尊重したケアを実現します。この連載では、ユマニチュードの考え方と具体的な実践方法を紹介します。
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4つの記憶

「短期記憶」の中から「長期記憶」の倉庫へ入る記憶は、大きく4つに分けられます。「意味記憶」「エピソード記憶」「手続き記憶」「感情記憶」の4つです。
「意味記憶」とは、私たちが学んで得たもの、たとえば言葉や文字、知識や人の顔などです。「エピソード記憶」は出来事に関する記憶です。たとえば結婚したこと、喧嘩をしたことなどがこれに当たります。「手続き記憶」は服を着たり、料理をしたり、大工仕事をしたり、自転車に乗ったりする動作に関する記憶です。そして、最後に「感情記憶」と呼ばれる記憶があります。楽しかったこと、うれしかったこと、怖かったことなどが保存される記憶です。

「長期記憶」が失われる順番

 認知症によって「長期記憶」が失われていくときには、特徴的な順番があります。まず、学んで身につけた「意味記憶」に変化が生じます。お金の計算が難しくなったり、字が読めなくなったり、散歩に出たけれど家がどこだったかわからなくなってしまったりすることなどがその例です。
 次に失われやすいのは、出来事に関する記憶「エピソード記憶」です。「エピソード記憶」の失われ方の特徴は、新しいものから徐々に昔にさかのぼっていくことで、つまり、一番新しい出来事から忘れていきます。たとえば、さっき食べたばかりなのに朝ごはんを食べたことを忘れるといったことです。
「意味記憶」や「エピソード記憶」が失われても、比較的残る記憶が「手続き記憶」です。朝ごはんを食べたことを忘れても、包丁を使ったお料理ができたり、自転車に乗れるなどの「手続き記憶」が反映された行動をとることができます。介護をするときには、この特徴を生かして、できるだけ自分でできることは自分でやっていただくよう促し、生活する能力を保てるよう試みます。

◆4つの長期記憶

意味記憶、手続き記憶、エピソード記憶、感情記憶

最期の日まで残る「感情記憶」

そして、最後まで残る記憶が「感情記憶」です。ご家族の顔がわからなくなっても、自分に何人子どもがいるのかを忘れてしまっても、過去によい時間を過ごした記憶は残り、「この人はいい人だ」という感情は残ります。つらい思い出も同様です。お風呂に入ってもらおうと半ば無理やり服を脱がせてしまうと、「お風呂」と「嫌だったという感情」が関連づけられて記憶に残ってしまい、次の入浴がより困難になってしまいます。つまり、介護をするときにはこの記憶の特徴をよく考えて、介護についての「よい感情」の記憶を残していけるよう工夫することが役に立ちます。

◆「感情記憶」はよいことも悪いことも最期の日まで残る

▲「うれしい」「楽しい」「誇らしい」などの気持ちは“よい”感情記憶となります。

▲「悲しい」「こわい」「さみしい」などの気持ちは“悪い”感情記憶となります。

他の記憶と結びつく「感情記憶」

「感情記憶」とは、その人の人生の最期の日まで残る、一番大切な記憶のダイヤモンドのようなものです。「感情記憶」は、しばしば他の記憶と結びついています。たとえばピラミッドについて学んだことは「意味記憶」ですが、そのときに「ピラミッドって大きいな」と驚いたことは感情の記憶として残ります。つまり、このとき「意味記憶」と「感情記憶」は結びついています。
 また、初めて自転車に乗れるようになったとき、自転車の乗り方は「手続き記憶」ですが、それと同時に自転車でぐんぐん進めたうれしくて誇らしい気持ちは「感情記憶」に残ります。ここでも「手続き記憶」と「感情記憶」が結びついています。

「感情記憶」に働きかけて、他の記憶を取り戻す

 「感情記憶」に働きかけることで、他の記憶が蘇ってくることもあります。
 何年も言葉を発することのなかった寝たきりの方にお目にかかることがあります。そんなときには、まず、その方に心地よいと感じてもらうためのケア、たとえば体を拭くことから始めます。「心地よさ」を感じてもらうことで、よい感情が生まれて「感情記憶」が蘇り、体を拭いているうちに、何かお話しになることをよく経験します。これは「感情記憶」に働きかけることで、「意味記憶」の一部を取り戻していると考えられます。

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著者

イヴ・ジネスト/ ロゼット・マレスコッティ/本田美和子

【イヴ・ジネスト】ジネスト‐マレスコッティ研究所長。トゥールーズ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【ロゼット・マレスコッティ】ジネスト‐マレスコッティ研究所副所長。SASユマニチュード代表。リモージュ大学卒業。体育学の教師で、1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、病院職員の腰痛対策に取り組んだことを契機に、看護・介護の分野に関わることとなった。【本田美和子(ほんだ・みわこ)】国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職。

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