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第1回

はじめに

2018.04.09更新

読了時間

【 この連載は… 】 元来、神社仏閣や日本庭園巡りは年齢層の高い人たちの趣味とされてきましたが、昨今ではSNSが身近になり幅広い世代が楽しんでいます。なかでも1200年の歴史がある京都はこの町でしか見ることのできない景色が残っており、そのひとつである日本庭園には様々な見どころがあります。本連載では、京都在住の庭園デザイナー・烏賀陽百合氏による、石組や植栽などの「しかけ」に注目して庭園を楽しむ方法を紹介します。

花見の名所、醍醐寺が春を迎える。

 日本庭園には、さまざまな「しかけ」が隠されている。
 それを読み解き、理解していくと、今まで気が付かなかった美しい景色が見えてくる。それはまるで、庭に散りばめられた暗号のようだ。
 しかけを知ると、日本庭園は美の宝庫であることに気付く。そして日本人の美意識、知識、文化、技術が詰まった、芸術作品であることが分かる。
 たとえば「蓬莱思想」を理解すれば、庭に隠されたしかけが分かる。単なる石が不老不死の仙人が住む秘境の山になり、白砂が大海の景色に変わる。鶴島や亀島も生き生きと見えてくる。日本人にとって「長寿」というものがいかに尊い、おめでたいことであるかが、庭から理解できるのだ。
 また庭を作った作り手の意図を知ると、庭はますます面白くなる。権力者が己の力を誇示するためにわざわざ名石を庭に運ばせたり、自分の庭に川を流すために琵琶湖疏水を引き込んだり……。そういったエピソードを知ると、庭がとても身近に感じられる。庭から何とも人間くさい、作り手の想いが伝わる。
 それらを知ると、今まで見ていた景色が一変する。日本庭園の面白さはそこにある。

新緑がまばゆい初夏の建仁寺、潮音庭。

 日本では、美を理解するために、「想像力」を必要とさせる。これは他の国にはない、日本人特有の鑑賞方法と言える。想像力を持って庭を見ると、ただの石組が、流れる滝を登る鯉の姿に変わったり、林の中で佇む仏様の姿に変わる。石や樹々が、想像力によって更に美しい景色に変わるのだ。
 そんな高度な鑑賞方法を自然と身に付けている日本人の感性は、素晴らしい。何百年もの間に研ぎ澄まされ、培われてきた日本人の美意識や感性が、美しい文化を作ってきた。日本庭園はその最たるものなのだ。
 庭を見る時に、何が一番この場所で意図を持って作られているのか、何を主張したいのか、それらを考えて見るとまた違った楽しみ方ができる。
 庭の中のハイライトを「フォーカルポイント(focal point)」と呼ぶ。これは、「庭での視界の中心になる部分で、視線が最も集まる見せ場」のこと。作者の意図がどこにあるのか、それを読み解く楽しさが日本庭園にはある。それは滝や川、石組や灯籠、またさりげなく置かれた石の場合もある。
 作者の意図を知ると、その「人となり」が見えてくる。精神性が表されたり、その人の美的センスが表現されたり、また供養の目的という場合もある。庭の個性は、このフォーカルポイントに表わされている。庭の個性を知ると、庭への親しみもより深まるだろう。

紅葉燃える、秋の詩仙堂。

 庭への親しみは、自然への慈しみの気持ちに繫がる。日本人が自然を慈しむ想いは、日本庭園の自然への繊細な表現に反映されている。
 桜や楓(かえで)の彩りで「四季の美しさ」を、松などの常緑樹で「変わらない美」を、竹林で「山中の趣き」を表現する。日本人の自然への感性が、日本庭園の美しい景色を作っている。そして苔むした自然に、日本人は幾代も変わらぬ永遠の時間を感じる。
 いつの時代も日本人は自然を愛し、大切にしてきた。それは、自然には自分達では太刀打ちできない、美と悠久の時間の流れを感じるからだろう。「君が代」にも歌われるように、日本人の価値観の中には、永遠(とわ)に八千代(やちよ)に続くものへの畏怖の念がある。それは石であり、一面に広がる苔であり、自然が作る美しさにある。日本庭園は、自然を愛でてきた日本人の歴史でもあるのだ。

雪化粧した冬の天龍寺、曹源池庭園。

 日本庭園を楽しむことは、小説を読むことと似ている。
 昔読んだ本を何年後かに読み返すと、以前気が付かなかったことや、分からなかったことが理解できて、自分が歳を重ねたことを知る。庭も同じで、同じ場所を何年後かに訪れると、以前は感じなかったものが見えてくる。
 数年前、案内したヨーロッパの50代の女性二人が、それぞれ違う時に東福寺の小市松模様の庭を訪れ、涙を流して泣いていた。その時はなぜ泣いているのか分からなかったが、最近この庭を見ると、不思議と二人の気持ちがよく分かる。
 包み込むような安心感が、ここの庭にはある。時間を経ても変わらないものの存在や、自分はそのままで構わない、という安堵感を覚える。これは大人になって、さまざまな経験を経てきたからこそ感じるものなのではないだろうか。心の感じ方によって、日本庭園の景色は変わる。日本庭園が奥深いと思うのはそんな時だ。
 ぜひ日本庭園を訪れ、自分の目で、心で感じて欲しい。先人達の想いを知ることで、自分のことも知ることができる。日本庭園には、そんな魅力がいっぱい詰まっている。

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著者

烏賀陽 百合

京都市生まれ。庭園デザイナー、庭園コーディネーター。同志社大学文学部日本文化史卒業。兵庫県立淡路景観園芸学校、園芸本課程卒業。カナダ・ナイアガラ園芸学校で3 年間学ぶ。イギリスの王立キューガーデンでインターンを経験。2017年3月にN Yのグランドセントラル駅構内に石庭を出現させ、プロデュースした。現在東京、大阪、広島など全国のNH K文化センターで庭園講座、京都、鎌倉でガーデニング教室を行う。また毎日新聞旅行で庭園ツアーも開催。著書に『一度は行ってみたい 京都絶景庭園』(光文社)がある。

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