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第2回

~深く美しい砂紋を楽しむ~ 大徳寺 瑞峯院

2018.04.16更新

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元来、神社仏閣や日本庭園巡りは年齢層の高い人たちの趣味とされてきましたが、昨今ではSNSが身近になり幅広い世代が楽しんでいます。なかでも1200年の歴史がある京都はこの町でしか見ることのできない景色が残っており、そのひとつである日本庭園には様々な見どころがあります。本連載では、京都在住の庭園デザイナー・烏賀陽百合氏による、石組や植栽などの「しかけ」に注目して庭園を楽しむ方法を紹介します。
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キリシタン大名として知られる大友宗麟(おおともそうりん)が1535年(天文4年)に菩提寺として創建した、臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺の塔頭(たっちゅう)。砂紋が美しい「独坐庭(どくざてい)」、景石が十字架を表す「閑眠庭(かんみんてい)」と、重森三玲(しげもりみれい)による独創的な庭を楽しむことができる。

ニューヨーカーを感動させた日本庭園

 2017年3月、ニューヨークのグランドセントラル駅で石庭を作る機会をいただいた。日本政府観光局が主催する「Japan Week」という観光推進イベントの会場に日本庭園を作るプロジェクト。京都の若手庭師さん二人と一緒に、古事記に登場するイザナギノミコトとイザナミノミコトの日本創世の神話「大八洲島(おおやしま)」をテーマにした枯山水庭園を作った。
 三日間だけのイベントであったが、ニューヨーク近郊で見つけた17世紀の採石場の石と石楠花、(しゃくなげ)、馬酔木(あせび)、地元の松などの植物を使い、5×10メートルの石庭を出現させた。白砂も苔もアメリカ産。大理石の建物にシャンデリアが吊るされた西洋建築の空間に石庭が合うのか心配だったが、完成してみると意外にもすっと空間に馴染んだ。

2017年3月、ニューヨークのグランドセントラル駅に枯山水庭園が出現した。(写真・烏賀陽百合)

 会場には多くの人が訪れ、世界一忙しいと言われるニューヨークの人達が石庭の前で立ち止まってくれた。驚いたのは、沢山の方から「殺風景な駅にこんな素晴らしい庭を作ってくれてどうもありがとう!」とお礼を言ってもらったことだった。その感謝の気持ちがとても嬉しく、人生の中で最も素晴らしい経験となった。
 イベント用の庭園であるにも関わらず、見に来てくれた人達が庭の周りでゆっくりと過ごしている姿も心に残った。本を読んだり、庭のスケッチをしたり、ただぼーっとしたり、半日子供と過ごすお父さんまでいる。
 そこにはアメリカの人達の「庭でゆっくりと過ごす日常」があった。各々が庭を眺めながら好きなことをしてのんびりと過ごす。そんな風景が当たり前にあることが少し羨ましかった。ニューヨークに行く前は「日本庭園の素晴らしさを海外の人に伝えよう!」と意気込んでいたが、逆に向こうの人達に「日常の中でゆっくりと庭を楽しむ時間の過ごし方」を教えてもらったような気がした。

日本庭園は「想像力」で情景が現れる

 ニューヨークの人達からはさまざまな質問を受けたが、一番多かったのが、「石や砂紋が表す意味は?」だった。砂紋とは、敷砂の上に砂紋引きと呼ばれる熊手状の器具で描いた模様のこと。枯山水庭園では白砂などを使って海に見立て、模様をつけて波や水紋を表す。せっかくの機会なので庭師さんに砂紋を引くパフォーマンスを披露してもらったのだが、沢山の人が庭の周りに集まって、写真や動画を撮ってくれた。砂紋引きを体験できるワークショップにも大勢の人が集まった。参加してくれたアメリカ人の女の子は「砂と石だけで風景を作ることができるなんて、日本庭園は素晴らしいわね!」と感動してくれた。
 砂紋の他に、日本庭園には「石で見立てて表現する」という手法がある。自然石を使って、仏様や山、鶴や亀、なんと鯉にも見立てる。この手法は西洋庭園やイスラム庭園などの海外の庭園では見られない、日本独自のものだ。見る側に「想像力」や「知識」を必要とさせる、日本の文化が表れている。不老不死の仙人が住む蓬萊山や、鯉が滝を登ると龍に変わるという登龍門の話を石で表現する。そこには自然や動物を愛する日本人の豊かな想像力や創造力が溢れている。
 これらの庭を見る時に予備知識がないと、庭で何が表現されているのか分からない。知識と想像力を働かせて見ると、石が置かれているだけの庭が伝説の山になったり、流れる滝を登ろうとする鯉の躍動感溢れた景色に変わる。
 目に見えるものだけでなく、想像力も使って美しい情景を表現しようとする、日本人の想像力の豊かさに驚かされる。

雪で実感した砂紋の完璧さ

 大徳寺の塔頭(たっちゅう)である瑞峯院(ずいほういん)。ここは室町時代、九州のキリシタン大名だった大友宗麟(おおともそうりん)の寺院で、創建は室町時代と歴史が古い。方丈の建物は1535年(天文4年)に建造されたもので、唐門、表門ともに当時の禅宗建築を今に伝える。庭園は昭和の名作庭家、重森三玲(しげもりみれい)によるもので、1961年の作。ここでは室町時代の建築と昭和のモダンな庭園がすんなりと同居している。
 この方丈庭園は「独坐庭(どくざてい)」と呼ばれ、「一人静かに庭を見て座し、己を知る」という意味。島を表す苔と大海を表す白砂の大胆なデザインとその迫力に、圧倒される。石組の中で一番大きな石が表すのが、不老不死の仙人が住むと言われる蓬萊山。白砂に突き出た石は半島を表し、大海に突き出た岩壁の様子が、さまざまな石を使って見事に表現されている。

独坐庭。大海を表す白砂のデザインが美しい。

 この庭園でひと際目を引くのが、美しい砂紋だ。ここの砂紋の特徴はその「深さ」。荒波を表すここの砂紋は、他の庭園と比べるとかなり深い。そしてデザインがとても美しい。重森三玲のこだわりが表れていて、どこから眺めても完璧だ。
 京都に大雪が積もった冬の朝に、ここの庭を訪れたことがある。砂紋に積もった雪がふんわりとした模様を作り、美しい「雪紋」を浮き上がらせていた。それは今まで見たことがない、夢のような光景だった。重森三玲は雪が積もった時の景色まで計算したのではないかと思うほど、彼が施した砂紋のデザインは完璧だ。

雪が積もった冬の独坐庭。見事な「雪紋」が浮かび上がっている。

 方丈の北側の庭園は「閑眠庭(かんみんてい)」と呼ばれ、同じく重森三玲の作。斜めに引かれた砂紋の中に据えられた横3個、縦4個の計7個の景石のバランスが美しい。これらの石が表しているものはなんと「十字架」。キリシタン大名だった大友宗麟へのオマージュとしてデザインされた庭で、中庭にある織部灯籠(キリシタン灯籠)から直線を伸ばしていくと十字架の縦のラインが見えてくる。禅寺の庭に十字架が表現されているのはここだけだろう。その大胆な発想とデザインに50年経った今も驚かされる。

閑眠庭の7個の景石は十字架を表している。

 今年80歳の前田昌道(まえだしょうどう)前住職は、今も二時間かけて庭の砂紋を引いておられる。大変な作業ではないですかとお聞きすると「この歳になっても、砂紋を引き、庭を綺麗にさせていただけるのは幸せなことです」と柔らかな笑顔だった。
 農機具を改良したという鉄製の砂紋引きの道具を見せていただいたのだが、持ってみるとズシッと重い。その道具を使い、フゥフゥと汗を流しながら砂紋を引いておられる姿はとても感動的だった。禅の修行は、まさにこういう日常のお勤めの中にあるのだと実感した。そうやって出来上がった砂紋は本当に美しい。

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方丈庭園・独坐庭の砂紋は深い。今も前住職、現住職によって砂紋が引かれる。

 実はニューヨークで作った石庭の砂紋は、瑞峯院のものを少し真似させていただいた。洗練された模様が、ニューヨークのグランドセントラル駅にぴったり合うと思ったのだ。予想は当たり、石と砂紋が織り成す模様が西洋の建物と調和し、美しい空間となった。多くの人が庭の周りでゆっくり過ごしてくれたのも、この砂紋の美しさが伝わったからだろう。砂紋こそ、日本庭園文化の粋(すい)を極めたものだ。
 美しい砂紋が引かれているということは、それをこまめにお手入れする誰かの存在があるということ。手の掛かった作業が、砂紋をますます美しいものに見せる。ゆっくりと眺めて、その美しさを心に留めたい。

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著者

烏賀陽 百合

京都市生まれ。庭園デザイナー、庭園コーディネーター。同志社大学文学部日本文化史卒業。兵庫県立淡路景観園芸学校、園芸本課程卒業。カナダ・ナイアガラ園芸学校で3 年間学ぶ。イギリスの王立キューガーデンでインターンを経験。2017年3月にN Yのグランドセントラル駅構内に石庭を出現させ、プロデュースした。現在東京、大阪、広島など全国のNH K文化センターで庭園講座、京都、鎌倉でガーデニング教室を行う。また毎日新聞旅行で庭園ツアーも開催。著書に『一度は行ってみたい 京都絶景庭園』(光文社)がある。

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