第10回
突然変異を愛でる
2018.11.13更新
【 この連載は… 】 植物選びの基準は「いい顔」をしているかどうか……。植物屋「Qusamura(叢)」の小田康平さんが、サボテンや多肉植物を例に、独自の目線で植物の美しさを紹介します。植物の「いい顔」ってどういうことなのか、考えてみませんか?
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猩々丸錦
鉢 アダム・シルヴァーマン
体の真ん中で真っ二つに色が分かれている。 錦としての観賞価値は低いが、風貌がとてもユニークである。
トレンドや評判に関係なく、素直に惹かれる植物を
叢で取り扱っているサボテンや多肉植物の中には、本来の生長の仕方ではなく、突然変異を起こし奇形となった植物も多くある。これらは、遺伝子の設計図が何らかのはずみで崩れてしまい、元々の風貌とは大きく色や形が異なってしまった株だ。園芸界では、これら植物の突然変異を珍重する考え方が古くからある。通常のタイプよりも、奇形タイプの方が価値が高いのだ。突然変異のタイプには、ケイトウなどにも見られる生長点が帯状につづれる綴化、葉緑体が抜ける錦または斑入り、生長点が分裂する石化などさまざまなものがある。サクラやモミジでも有名な枝垂れなども植物が本来持っている重力を感知する機能が壊れてしまった突然変異の一種だ。
螺旋恐怖閣
生長点が螺旋に生長することにより、本来は縦縞になる稜線が螺旋を描く。
変異種の価値が高騰したできごとで有名なものとして、かつて明治から大正にかけて、新潟県を中心にヤブコウジという植物の変異種(斑入り)が大ブームになった時代があった。この時はあまりの高騰に民衆は、田畑を売ってヤブコウジの斑入りを売買した。高価なものでは、現在の価値で一千万円クラスのものまであったそうだ。その結果、県知事が販売を禁じる規則を発令するまでに至ってしまった。ヤブコウジという植物は、本州の山を探せば比較的どこにでもよく生えている植物だ。それなのになぜ、変異種というだけでここまで珍重されたのか。それは、日本という島国が長い間、鎖国制度などにより外国との貿易を積極的に行わなかった背景がある。海外の珍しい植物が手に入らない時代には、国内にある植物を愛でることしかできなかった。その中で、人よりも珍しい植物を持つことを目指した場合、自然界には10万分の1程度しか存在しないとも言われる変異種に価値を付けたのだ。その価値観は現在の園芸界にも強く残っている。変異の強弱やバランスなどで価値は大きく変化し、サボテンや多肉植物だと、品評基準を満たした錦は、そうでないものの10~100倍の価格が付けられることもある。
竜神木の綴化
生長点が綴れることによって本来の柱サボテンとは全く異なる風貌となる。生長点が多数あるためにどこが生長していくかわからず、将来の風貌が読めない。
しかし、本来、植物を育てる楽しみは投機のネタにしたり、人に見せびらかしたりするところにはない。自らが植物を純粋におもしろい、美しいと感じ、世話してやることで発見や感動があることにおもしろみがあるのだ。冒頭にも書いたが、叢では変異種も取り扱う。しかしながら、それらを珍しいから、人気が高いからという理由だけで取り扱うことはしない。変異種という宿命を背負った植物たちは、珍重されてきたが故に丁寧に育てられ長い時間を纏い、奇異な物語を持つものが多い。また、突然変異だからできる予想もつかない不思議な育ち方をする。それらをおもしろいと感じ、手に取る。トレンドや評判に関係なく、素直に惹かれる植物を見つけることが大切である。
この連載は、「月刊フローリスト」からの転載です。
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