第6回
「愛しさ」の解剖図鑑
2017.04.04更新
【 この連載は… 】 悲しみ、怒り、喜び、名誉心……「感情」の成り立ち、脳内作用、操り方を苫米地博士が徹底解剖! 単行本出版を記念して、書籍の厳選コンテンツを特別公開いたします。
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【愛しさ】itoshisa
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「愛しさ」とは……
人やものなどをかわいらしく思い、大切にする気持ち。愛しさという感情の基になっているのは、「自分の子どもを大事に思う」という、本能的な情動。
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■愛しさは、「子ども優先回路」から生まれた感情
愛しさは、およそどんな種も持っている感情といえるでしょう。自然界では、生物は、限りある食料や水を、家族や集団で分け合って生きています。その際、大人と子どもが本気で取りあえば、当然、身体の大きな大人が有利ですが、それでは種が絶滅してしまいます。
そこで、種を守るため、脳内に組み込まれたのが、「親が子を大事に思い、何においても子を優先させる」という回路です。この「子ども優先回路」は、進化の過程で生き残ってきた種には必ず存在しています。
最近のfMRI(MRIを使った脳活動の計測)研究では、妊娠中は社会活動に係る部位の灰白質(かいはくしつ)量に、はっきりと変化が表れることが確認されています。愛しさは、そもそもはこの子ども優先回路から生まれた感情であり、愛しさを感じると、脳内にはドーパミンやエンドルフィンなどが放出されます。
■回路が独り歩きすると、さまざまな対象に愛しさを感じるようになる
一度脳内に回路ができると、やがてその回路はさまざまな働きをするようになります。たとえば、子ども優先回路が組み込まれた生物は、自分の子どもだけでなく、他者の子や子ども世代全般に対し、愛しさを感じるようになります。これは、互いに守りあい、支えあわなければ、自然界で生き残り、種を保存できないからです。
配偶者に愛しさを感じるのも、子ども優先回路が関係しています。脳が配偶者に対し、「協力して子どもを作り、育てる(可能性のある)相手である」という意味づけをするため、「子どもと同じように大事にしなければならない」という意識が働き、愛しさという感情が引き起こされるのです。
さらに回路が独り歩きすると、脳は「大事な存在である」と判断したあらゆる相手に対し、愛しさを感じさせるようになります。友人や恋人、草花やペット、中には道端の石や愛用しているパソコンなどの無機物に、愛しいという感情を抱く人もいるでしょう。
■子どもができると、子ども優先回路は強化される
なお、子どもができると、セロトニンやオキシトシンなど、脳内物質の組み合わせが変わり、子ども優先回路がさらに強化されることがわかっています。
独身時代は子ども嫌いだったのに、結婚し出産したのを機に、自分の子どもだけでなく、他人の子どももかわいく思えるようになることがあるのは、そのためです。
また、子どもが生まれることによって回路が強化されるのは、妊娠・出産を行う女性(メス)だけではありません。パートナーが子どもを生むと、実際には妊娠・出産を経験していない男子(オス)の回路も変わります。
■ほかの感情が、愛しさを凌駕することもある
・「自分の子どもが愛しい」は正常?
自分の子どもに対し、愛しさを感じなくなるのは、生物学的には難しく、めったにないことです。ただ、子ども優先回路の強さや愛しさを感じる度合いには、もちろん個体差があります。妊娠・出産を経験していなくても、もともと子どもが好きな人もいれば、自分の子どもに対しても愛しさが感じられないという人もいるでしょう。
・不倫、ギャンブル……強烈な感情に負けてしまうことも
利己的な心や煩悩が、愛しさを凌駕してしまうこともあります。愛しさも、しょせんは感情の一つにすぎません。ほかの感情が思いきり高まっているときには、つい置き去りにされてしまうのです。
たとえば、不倫の恋によって得られる喜びや幸福などが、子どもへの愛しさを上回った場合、人は「子どもをおいて家出をする」という行動に出ます。お金に対する欲望や執着が愛しさを上回れば、親子間で金銭トラブルが発生することもあるでしょう。
特に恐ろしいのが、ギャンブルです。子どもを車に残したまま、パチンコに夢中になってしまう親がいますが、彼らが子どもに愛しさを感じていないわけではありません。ただ、ギャンブルをするとドーパミンが過剰に放出されるため、ほかの感情がすべて、忘れ去られてしまうのです。
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