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もっと文豪の死に様

第20回

三島由紀夫――ないものねだりをするヒト(第7回)

2023.09.29更新

読了時間

『文豪の死に様』がパワーアップして帰ってきました。よりディープに、より生々しく。死に方を考えることは生き方を考えること。文豪たちの生き方と作品を、その「死」から遠近法的に見ていきます。
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“The Lost Homosocial”を取り戻そうとする三島由紀夫の試みは、30代では強靭な肉体の獲得という形に変換された。ボディビルに始まり、ボクシングを試し、最終的には剣道や空手といった武道へと向かった。マッチョお決まりのコースである。
 ムキムキの筋肉が体表を覆うようになった。“しらっこ”は、とうとう消えた。
 体が出来上がったので、憧れの神輿の担ぎ手にもなったし、映画でヤクザ体験もしてみた。美しい身体を後世に残すため、写真集まで作った。
 うんざりするほど平凡な遍歴である。
 しかし、三島にとっては平凡さこそ重要だった。
“平均的な男の子の生活”を知らぬまま成人した彼は、マッチョとしてのコモンセンスを一から学ばねばならなかった。それこそが彼に欠けていた“教養”であった。また、遅まきながらホモソーシャルに参入し、いずれは帝王となるための第一要件でもある。

 みんなの見る青空、神輿の担ぎ手たちが一様に見るあの神秘的な青空については、そもそも言語表現が可能なのであろうか? (「太陽と鉄」)

 神輿の担ぎ手とは、すなわち幼い頃に恋い焦がれた究極の男であり、ホモソの象徴だ。
 神の乗り物を担ぐ者は、清く正しく美しい。そして、穢れを祓った彼らの担ぐ輿の上には神、つまり“天皇”がいる。“ミシマの天皇”は、ホモソのテッペンとしての、もっとも厳正な完成形だ。もし、憧れの世界が彼を受け入れ、一体化できれば、完成形も彼のものになるはずだ。言葉は必要ない。むしろ、言葉がない世界に、それはあるはずだった。

 鉄を介して、私が筋肉の上に見出したものは、このような一般性の栄光、「私は皆と同じだ」という栄光の萌芽である。 (「太陽と鉄」)

 皆と同じ。
 これを尊ぶのは小学生ぐらいの子供と、そこからあまり精神が発達しなかった大人ぐらいである。

 鉄の過酷な圧力によって、筋肉は徐々に、その特殊性や個性(それはいずれも衰退から生じたものだ)を失ってゆき、発達すればするほど、一般性と普遍性の相貌を帯びはじめ、ついには同一の雛形に到達し、お互いに見分けのつかない相似形に達する筈なのである。 (「太陽と鉄」)

 この一文を読んだ時、私は心の底から公威少年が哀れになった。
 少年は、これほどまでに「普通」を求めていたのだ。国全体がパターナリズムとマチズモに毒された全体主義時代に成長期を過ごすと、“平凡”に実態以上の価値を見出してしまうらしい。いや、そんな難しい話ではないのかもしれない。単に仲間はずれの寂しさが、彼に「普通」を求めさせた気もする。そういう人は、どこにでもいる。
 三島が言語的天才であったのは否定するべくもない。そして、凡人はその天才を求めて苦しむ。ところが、天才を持って生まれた者は一般性と普遍性を求めた。ため息が出る思いがするが、これが人間ってものなのだろう。
 三島のこうした性格について、とても意外な人が、実に鋭い見解を述べている。
 誰あろう、名優・勝新太郎だ。
 昭和44年(1969)、つまり死の前年に「平凡パンチ」誌が「広域重要人物きき込み捜査」なる企画で、各界の著名人に三島にどんなイメージを持っているかアンケート調査をしているのだが、そこで勝新はこんな風に答えているのだ。

 ぼくはあの人といま映画でごいっしょしてるんだけど、あのヒトはナンていうのかなー、そう、シュミジンというイメージだね。ないものねだりをするヒト。そしてその結果それをカクトクしてゆくヒト。いままでの三島さんの人生ってのは、それだったんじゃないの。

 このコメントを見つけた時、まさに我が意を得たり! と思ったものだった。
 実は、三島の幼児性を指摘する文章やコメントは多々ある。けれどもその幼児性がなにに由来するのかまで見渡したものはほとんどなかった。
 だが、勝新という役作りの名人、つまり人間の本質をガバっと掴み取るタイプの人物が、三島とは「ないものねだり」の権化だと証言していたのである。どうやら、私の見立てもあながち的外れではなかったらしい。三島と交流があった人物、しかも野生の天才がこう言っているのだから。
 だが、おそらく、勝新がこれに気づいたのは付き合っていたのが晩年の三島だったからだろう。
 死に近づくにつれ、三島はどんどん正直になっていった。
 もし「三島由紀夫最大の美質は?」と問われたら、私なら「自分に正直なところ」と答えるだろう。彼ほど自己を正直に書いた文学者は、他にいないのではないかと思うからだ。
 もっとも、韜晦(とうかい)っぷりは大変なものである。あらゆる言葉と技工を駆使し、素の文章を飾り立てては目眩ましをかけようとする。けれども、きちんと読んでいけば、最後にはちょこんと鎮座する三島由紀夫本人が見えてくる。
 文学には、浴衣一枚、いや褌一丁の姿を見せているようでいて、そのペラ一枚を脱がせたら中には丸太が入っているような変わり身の術的作品も少なくない。それどころかまったくの空だった、なんてこともありうる。
 だが、三島は違う。
 錦や真綿で十重二十重にくるみながらも、まんなかにはちゃんと「三島由紀夫」がいる。彼を真の文学者というならば、これを以って理由とすべきだと私は思う。
 ただ、中心のさらに芯にいる三島由紀夫……いや平岡公威は、ギラつく太陽のマッチョではなかった。やはり蒼い月のロマンティストだったのだ。

絶対に破れないバリケード

 肉体を得たことで三島は幼い頃に恋い焦がれた神輿の担ぎ手に加わることができた。
 だが、鋭敏な彼はすぐに気づいたことだろう。自分は相似形の一つとして迎え入れられたのではなく、マレビトとしてたまさか混ぜてもらえただけ、だったことに。
 三島がどんな肉体を持とうと、それは人工的にビルドアップされたものである。他の担ぎ手たちのように労働の結果におまけとしてついてきた肉布団ではない。どれだけホモソにあこがれ、その肉体的レギュレーションに合わせようとも、本質的に異質なのだ。
 いがらしみきおの漫画「ぼのぼの」に「尊敬されるということは疎まれるということとセットになっているものだ。そう、長老様は尊敬されている。」という名言があるのだが、三島もホモソに尊敬されてはいた。でも、仲間とは思ってもらえなかった。
 彼には、どうしても埋められない欠格事項があったからだ。
 そう、兵役未経験者という埋めようのない欠格が。
 文壇というオリンポスでは確固たる席を得て(ただし川端康成がいたせいで主神にはなれなかったが)、アポロンの肉体を造ることで欠損の多くは埋まった。けれども「一度も兵士になったことはない」ことばかりは、埋める術(すべ)がなかった。
 絶対的な障壁として、彼の前に立ちはだかったのである。

 何という皮肉であろう。そもそもそのような、明日というもののない、大破局の熱い牛乳の皮がなみなみと湛えられた茶碗の縁を覆うていたあの時代には、私はその牛乳を呑み干す資格を与えられていず、その後の永い練磨によって、私が完全な資格を取得して還って来たときには、すでに牛乳は誰かに呑み干されたあとであり、冷えた茶碗は底をあらわし、私はすでに四十歳を超えていたのだ。 (「太陽と鉄」)

 なりたかった自分を再構築する道を見つけた二十代から、なりたかった自分に順調に近づいていったはずの三十代を経て、三島は悟ったのだ。
 このままでは、絶対に自分はすべてを取り戻しはできない、と。
 完成するためには、それを可能とする世界を作る必要があった。

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