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マンガでわかる歌舞伎 あらすじ、登場人物のキャラがひと目で理解できる 監修:漆澤その子

第10回

義経千本桜

2017.12.05更新

読了時間

歌舞伎を見る前に知っておきたい基礎知識として演目の種類や独特な演出の仕方から、上演頻度の高い人気演目のあらすじと鑑賞ポイントを、マンガでじっくりと解説します。
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義経千本桜

悲しきヒーローたちが織りなす歴史ロマン

作者
竹田出雲(たけだいずも)、三好松洛(みよししょうらく)、並木千柳(なみきせんりゅう)による合作。
初演
人形浄瑠璃では一七四七(延享四)年に大坂・竹本座。歌舞伎では翌年五月、江戸・中村座。
概要
義太夫狂言三大名作の一つ。平家滅亡後を描いた時代物。全五段だが、初段は通し上演でもカットされ、二段目から始まることが多い。

主人公は義経ではない?

義経の都落ちをストーリーの軸に、実は生きていた平家の武将による復讐、巻き込まれる人々の悲劇を描いた物語。『すし屋』のいがみの権太(ごんた)、『大物浦(だいもつのうら)』の平知盛(たいらのとももり)、『四の切(しのきり)』の狐忠信(きつねただのぶ)、この三人を主人公に物語は進行していく。

立役(たちやく)の卒業論文

いがみの権太、平知盛、狐忠信の三役を一日に一人で演じることは、立役にとって卒業論文のようなもの。庶民・武士・動物を演じ分け、時代物、舞踊、そして世話物の要素を含んだ役柄をこなすのは至難の業だ。

初段に出てくる「初音の鼓(はつねのつづみ)」

カットされることが多い初段は、義経が後河白法皇(ごしらかわほうほう)から平家追討のほうびとして初音の鼓をたまわり、そのせいで兄・頼朝に謀反(むほん)の疑いをかけられるという話。『四の切』で重要なアイテムとして登場する初音の鼓には、こんないわくがあった。

通称「鳥居前(とりいまえ)」(二段目伏見稲荷鳥居前) 静御前(しずかごぜん)を助けた義経の家来・佐藤忠信(さとうただのぶ)。義経は「源九郎義経(げんくろうよしつね)」の名と鎧を与え、静御前の道中の警護を任せて旅立っていく この段の主人公は実はキツネの化身にゃんだ

伏見稲荷で出会うのには理由がある!?

二段目前半『伏見荷居鳥居前(ふしみいなりとりいまえ)』では、都落ちする義経から恋人・静御前が形見に初音の鼓をもらう。頼朝側の追手から静御前を助けるのが、突然現れた義経の家来・佐藤忠信。忠信は、義経への思いが断ち切れず後を追う静のお供をすることになるのだが、この忠信は鼓に張られた親狐の皮を慕って来た狐だった。伏見稲荷の祭神と言えば白狐。伏見稲荷で狐の忠信が登場するのには、作者の意図がある。

大物浦(だいもつのうら) 渡海屋(とかいや)の場 摂津の国の大物浦(だいもつのうら)にある船宿「渡海屋」の主人・銀平と女房・お柳(おりゅう)。渡海屋には、九州へ落ちようとする源義経一行が滞在していた 渡海屋の主人・銀平 (実は平知盛) 上着はアイヌ民族伝統の織物・アットゥシ。芝居では水運業の人が着るお約束。 銀平の女房・お柳(実は帝の乳人(めのと)典侍の局(すけのつぼね)) 知盛たちは、壇ノ浦で敗れた平家の復讐を果たすため、義経を待ち伏せていたにゃん 鎌倉方(頼朝の配下)の追手・相模五郎(さがみごろう)と運平(うんぺい)を、銀平がきっぱりと追い返す。そして、船出を急ぐよう義経を促した 相模五郎たちは、実は銀平つまり知盛の部下。義経に「あなたの味方!」と信用させるために仕組んだんだ。女性の気を引くために、知り合いにケンカをふっかけさせて助けるのと似ているにゃん 表に放り出され、悔しまぎれに文句を言う五郎たち 銀ぼう、サンマめ。イワシておけば…いなだブリだとアナゴって、よく痛いメザシにアワビだな セリフに魚の名前が盛り込まれた「魚づくし」になっていて、お客を楽しませるにゃん。ちなみに「銀平さまめ。言わせておけば…田舎武士だとあなどって、よくも痛い目にあわせたな」という意味だにゃん 義経一行が船出すると、奥から白装束の銀平、実は平家の大将・平知盛が登場 渡海屋銀平とは仮の名、新中納言知盛と、実名をあらわすうえは… そして、女房お柳は帝の乳人の典侍の局、娘のお安すは安ん徳く帝いだった 必定勝利(ひつじょうしょうり)、間違いなし! この物語では安徳帝は女の子にゃんだ
大物浦(だいもつのうら) 浜辺で安徳天皇や典侍の局は吉報を待っていたが、相模五郎が返り討ちにあったと知らせに来る こと危うく見えて候(そうろう)… 義経は渡海屋の銀平が知盛だってわかっていたにゃんよ 戦に敗れたと悟り、典侍の局は安徳帝を抱いて海に身を投げようとするが、義経の家来に捕らえられる 安徳天皇が心配で戻って来た傷だらけの知盛 我が君はいずこに… そこへ、典侍の局と安徳帝を保護した義経が現われる 永々の介抱はそちが情け。今また麿ろを助けしは義経が情けなれば、仇だに思うな、知盛 これまで守ってくれたのは知盛の情け、今自分を助けるのは、義経の情け。どちらも私にとってはありがたい。だから義経を恨みに思うなと、言っているにゃん 「平家方の自分がいたら帝のじゃまになる」と、自害した典侍の局。そして知盛は、帝を義経に託して、大岩に登って行った 碇知盛 碇の綱を体に巻き付け 碇を持ち上げて 海に落とし 碇とともに海に沈んでいく… 歌舞伎屈指の名場面の一つだにゃん

白装束(しろしょうぞく)の幽霊姿(※1)なのはなぜ?

『大物浦(だいもつのうら)』は、源平合戦で討ち死にした平知盛(たいらのとももり)が実は生きていて、義経に復讐を企てるという話。義経を討つとき白装束を着て幽霊に見せかけるのは、知盛が生きていることを源頼朝に知られたくないから。最終目的は頼朝を討つことなので、幽霊が義経を討ったことにすれば頼朝方の目をくらませられると考え幽霊姿になっている。

通称「すし屋」(三段目 木の実・小金吾(こきんご)討死・鮓屋 いがみの権太は悪人だったが改心し、実は生きていた平維盛(たいらのこれもり)親子を守るため命を落とす この段の主人公・いがみの権太はすし屋の息子。後半、実家を舞台に物語が進むにゃん 通称「吉野山」(四段目 道行初音旅(みちゆきはつねのたび))佐藤忠信に化けたキツネと静御前が、義経がいる吉野に向かう道中を踊りで見せる 桜が満開の吉野山が舞台にゃんだ

『すし屋』のいがみの権太には優しい父親の一面も

三段目前半『木の実』の舞台は、吉野山の茶屋。高野山に隠れ住む平維盛(たいらのこれもり)に会うため、妻・若葉の内侍(わかばのないし)と息子・六代君(ろくだいきみ)が家来の小金吾(こきんご)を伴って旅をしていた。途中、権太に言いがかりをつけられ金をゆすりとられてしまう。それを知った権太の女房・小せんが夫を叱り、息子の善太郎を連れて家に帰るよう促す。かわいい我が子にはあらがえず、そろって家に帰るのだが、この場面の親子仲の良さが、三段目後半の結末をより悲しいものにする。

『すし屋』の中盤はダイナミックな立ち回り

三段目中盤『小金吾討死(うちじに)』は、捕り縄を使ったダイナミックで様式美あふれる立回りが人気。鎌倉方の追手に見つかり、小金吾が一人で立ち向かうが息絶えてしまう。そこを通りかかった権太の父・弥左衛門(やざえもん)。かつて平家に恩を受けた与左衛門は維盛をかくまっているのだが、それを察した鎌倉方が維盛の首を差し出すよう命じてきた。この首を代わりに差し出し維盛を逃がそうと思いつき、小金吾の首を切り落とす。

「もどり」の経緯

実家の鮨屋に来て、母から金をだまし取った権太。突然、父・弥左衛門が帰宅したのであわてて金を鮨桶に入れ身を隠す。一方、弥左衛門は鮨桶に生首を隠すと、弥助と名を変え鮨屋で働く維盛に事情を話した。そこへ偶然、維盛の妻子が一夜の宿を求めて訪問。再会を喜んでいるのを盗み聞きした権太は、生首が入った鮨桶を持って去っていく。詮議の鎌倉方が来ると、権太が生首の入った鮨桶と、維盛の妻子を引き連れてやって来た。権太をほめ、生首を妻子と連れ立ち去る鎌倉方。維盛妻子を差し出したことを怒った弥左衛門に権太は刺されてしまう。死ぬ間際に権太は、首は父親が用意していた偽物で、妻子の身代わりに自分の妻子を差し出したことを明かす。間違えて持ち帰った生首を見て父の思いを悟り、生首だけでは鎌倉方に疑われると機転を利かせたのだった。

権太の「もどり」がみどころ

悪人として登場していた人物は善人だったことがわかる演出を「もどり」という。三段目の主人公いがみの権太は、もどりの代表的な例として知られている。

四の切 河連法眼館の場(かわつらほうげんやかたのば) 主役が狐だけに、意表をついた忠信狐の登場、早替わり、欄干渡り、宙乗り…と、ケレンと呼ばれる派手な演出がたくさん見られるにゃん 義経は、吉野山(奈良県)の河連法眼の館にかくまわれている。そこへ、忠臣の佐藤忠信があいさつに来た そこへ、静御前が到着。突然いなくなったお供の忠信が、先に到着しているのを見て驚く 我が君様、おなつかしゅうござりまする~ 忠信が二人いることを不審に思った義経は、静にもう一人の忠信がニセモノだったら命を奪えと言って短刀を渡す。そして、本物の忠信を詮議のために奥へ連れていく 鼓を打つ静御前 鼓を打つと必ず忠信が出てくるから、静は呼ぶために打っているにゃん 鼓の音につられて突然現れた、実は狐の忠信 本物の忠信と同じ役者だから、武士らしさと狐っぽさの演じ分けも見どころだにゃん 静が試しに切りかかると、本物の忠信に迷惑をかけて申し訳ないと、狐の忠信は真実を話す わたくしめはその鼓の子で~ござります 鼓の皮か…! かわいい声で早口で話すのは狐言葉の演出だにゃん そして狐の姿に戻る 3秒で早変わり?! 親父様、母様、わたくしはもうおいとま申しまする…はぁ~おなごりおしかるまいなぁ… 親を殺され一匹で生きてきた話を聞き、涙を流す静 我が君様、お聞きあそばしましたか? 不憫なものの身の上じゃな 自分の身の上に似ていると狐をあわれむ義経の言葉を陰で聞き、悲しむ本物の忠信 父義朝を長田(おさだ)に討たれ… せめて兄の頼朝にと…親とも思う兄親に見捨てられし義経が… あっ、本物の忠信に早替わりしてる! 義経の言葉を聞いて泣き崩れる静。と、そこへ… うぉー天井からッ!! これを汝に得さするぞや その鼓をわたくしに、くだされるとな! 突然、鼓の親狐の声を聞く。すると… 山の悪僧ばら、今宵この館を夜討ちにせんと企てたり… 義経を討とうと企てた悪僧どもを化かして、狐の神通力でこらしめる 悪僧どもを退治すると、初音の鼓を手に去って行く… 宙乗り狐六方

「四の切」はケレンの代表演目

早替わり、欄干渡り、宙乗りなどの意表をつくような演出を「ケレン」と呼ぶが、四段目の『四の切』ではケレンの演出が満載。

江戸時代からあった宙乗り

『河連法眼館(かわつらほうげんやかた)』のクライマックスで見られる、狐のような身振りで花道を引っ込む「狐六」。それを宙乗りした状態で表すのを「宙乗り狐六方」※2と呼ぶ。宙乗りは江戸時代から行われていたが、長く廃れていたのを三代目市川猿之助が現代に復活させた。

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著者

漆澤その子

1970年東京都生まれ。1993年筑波大学第一学群人文学類卒業。1999年筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得退学。2001年博士(文学)。現在、武蔵大学人文学部教授。主な著書『歌舞伎の衣装鑑賞入門』(共著・東京美術)、『明治歌舞伎の成立と展開』(慶友社)など。

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