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第129回

308話〜309話

2021.09.28更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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10‐2 人は生命より大事なものがある

【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。「もし人の欲するものが、生命より大事なものはないと考えるなら、およそ生きていくためであれば何でもするだろう。もし人の憎むものが、死よりはなはだしいものはないと考えるなら、およそ死の憂いを避けるためであれば、何でもするだろう。ところが人は、こうすれば生きられるというときでも、そうしないことがあるし、こうすれば患いを避けられるときでも、そうしないことがある。これは、欲するところのものが生命より上のもの(義)があるし、憎むところのもの(不義)が死より上のことがあるからである。このような心は、賢者ばかりが持っているのではなく、誰でも持っている。ただ賢者は、この心を常に失わずにいるというだけのことなのである」。

【読み下し文】
如(も)し人(ひと)の欲(ほっ)する所(ところ)をして、生(せい)より甚(はなはだ)しきもの莫(な)からしめば、則(すなわ)ち凡(およ)そ以(もっ)て生(せい)を得(う)べき者(もの)は、何(なん)ぞ用(もち)いざらんや。人(ひと)の悪(にく)む所(ところ)をして、死(し)より甚(はなはだ)しき者(もの)莫(な)からしめば、則(すなわ)ち凡(およ)そ以(もっ)て患(うれ)いを辟(さ)くべき者(もの)は、何(なん)ぞ為(な)さざらんや。是(これ)に由(よ)れば則(すなわ)ち生(い)くるも、而(しか)も用(もち)いざること有(あ)るなり。是(これ)に由(よ)れば則(すなわ)ち以(もっ)て患(うれ)いを辟(さ)くべきも、而(しか)も為(な)さざること有(あ)るなり。是(こ)の故(ゆえ)に欲(ほっ)する所(ところ)、生(せい)より甚(はなはだ)しき者(もの)有(あ)り。悪(にく)む所(ところ)、死(し)より甚(はなはだ)しき者(もの)有(あ)り。独(ひと)り賢者(けんしゃ)のみ是(こ)の心(こころ)有(あ)るに非(あら)ざるなり。人(ひと)皆(みな)之(これ)有(あ)り。賢者(けんしゃ)は能(よ)く喪(うしな)うこと勿(な)きのみ。

【原文】
如使人之所欲、莫甚於生、則凡可以得生者、何不用也、使人之所惡、莫甚於死者、則凡可以辟患者、何不爲也、由是則生、而有不用也、由是則可以辟患、而有不爲也、是故所欲、有甚於生者、所惡、有甚於死者、非獨賢者有是心也、人皆有之、賢者能勿喪耳。


10‐3 大金のために自分の本心を失わない

【現代語訳】
〈前項から続いて孟子は言った〉。たとえ一杯の飯、一椀の吸い物でも、それを得れば生きられ、得られなければ死んでしまうときもある。こんなとき、怒鳴りつけるようにして与えるのなら、道行く人もこれを受け取らないであろう。また、足蹴にするようにこれを与えるのなら、物乞いも受け取ることを潔しとはしないだろう。ところが、万鐘もの大禄になると、礼儀にかなおうが、かなわなかろうが、お構いなしにこれを受ける。しかし、万鐘ほどの大禄は、自分一人で食べるわけにもいかず、自分にとって何の足しになるのだろうか。にもかかわらずこれを受けるのは、住居を立派にしようとか、妻や妾を豊かに養おうとか、知り合いの困窮者に施しをするためだろうか。さきには、自分の身が飢え死にするかもしれないときでも、不礼な与え方をする食べ物は受け取らないのに、今は、住居を立派にするためには、たとえ不義であろうと大禄を受ける。さきには、自分の身が飢え死にするかもしれないときでも、不礼な与え方をする食べ物は受け取らないのに、今は妻や妾を豊かに養うためには、たとえ不義であろうと大禄を受ける。さきには、自分の身が飢え死にするかもしれないときでも、不礼な与え方をする食べ物は受け取らないのに、今は、知り合いの困窮者に施しをするために、大禄を受ける。こういうことは、果たしてやむを得ないことだろうか。私はそうは思わない。これこそ本来持っている心を見失ったものというべきである」。


【読み下し文】
一簞(いったん)の食(し)、一豆(いっとう)の羮(こう)も、之(これ)を得(う)れば則(すなわ)ち生(い)き、得(え)ざれば則(すなわ)ち死(し)す。嘑(こ)爾(じ)(※)として之(これ)を与(あた)うれば、道(みち)を行(ゆ)くの人(ひと)も受(う)けず。蹴爾(しゅくじ)(※)として之(これ)を与(あた)うれば、乞人(きつじん)も屑(いさぎよ)しとせざるなり。万鐘(ばんしょう)は則(すなわ)ち礼(れい)義(ぎ)を弁(べん)ぜずして之(これ)を受(う)く。万鐘(ばんしょう)(※)我(われ)に於(お)いて何(なに)をか加(くわ)えん。宮室(きゅうしつ)(※)の美(び)、妻妾(さいしょう)の奉(ほう)、識(し)る所(ところ)の窮乏者(きゅうぼうしゃ)の我(われ)に得(う)るが為(ため)か。郷(さき)には身(み)の死(し)するが為(ため)にして受(う)けず。今(いま)は宮室(きゅうしつ)の美(び)の為(ため)にして之(これ)を為(な)す。郷(さき)には身(み)の死(し)するが為(ため)にして受(う)けず。今(いま)は妻妾(さいしょう)の奉(ほう)(※)の為(ため)にして之(これ)を為(な)す。郷(さき)には身(み)の死(し)するが為(ため)にして受(う)けず。今(いま)は識(し)る所(ところ)の窮乏者(きゅうぼうしゃ)の我(われ)に得(う)るが為(ため)にして之(これ)を為(な)す。是(こ)れ亦(また)以(もっ)て已(や)むべからざるか。此(こ)れを之(これ)其(そ)の本心(ほんしん)(※)を失(うしな)うと謂(い)う。


(※)嘑爾……怒鳴りつけるように。
(※)蹴爾……足蹴にするように。踏みつけるように。
(※)万鐘……公孫丑(下)第十五章一参照。
(※)宮室……住居。
(※)奉……豊かに養う。
(※)本心……人の本来持っている心。孟子の言う「性善」の心。


【原文】
一簞⻝、一豆羹、得之則生、弗得則死、嘑爾而與之、行衜之人弗受、蹴爾而與之、乞人不屑也、萬鍾則不辨禮義而受之、萬鍾於我何加焉、爲宮室之美、妻妾之奉、所識窮乏者得我與、鄕爲身死而不受、今爲宮室之美爲之、鄕爲身死而不受、今爲妻妾之奉爲之、鄕爲身死而不受、今爲所識窮乏者得我而爲之、是亦不可以已乎、此之謂失其本心。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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