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第14回

33〜35話

2021.04.08更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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梁恵王(下)

1‐1 王が音楽を好きなら国も良く治まる可能性がある


【現代語訳】
荘暴という斉国の家臣が、孟子に会って言った。「私は王に会いましたが、そのとき王は私に向かって音楽が好きであると言われた。私はそれが良い悪いとも答えませんでした。いったい音楽を好きだということは、王にとって良いことなのでしょうか」。孟子は答えて言った。「王がとても音楽を好まれるということなら、斉の国が良く治まることが近いと言えるでしょう」。

【読み下し文】
荘暴(そうぼう)(※)、孟子(もうし)に見(まみ)えて曰(いわ)く、暴(ぼう)、王(おう)に見(まみ)ゆ。王(おう)、暴(ぼう)に語(かた)るに楽(がく)(※)を好(この)むことを以(もっ)てす。暴(ぼう)未(いま)だ以(もっ)て対(こた)うる有(あ)らざるなり。曰(いわ)く、楽(がく)を好(この)むこと何如(いかん)。孟子(もうし)曰(いわ)く、王(おう)の楽(がく)を好(この)むこと甚(はなはだ)しければ、則(すなわ)ち斉国(せいこく)其(そ)れ庶(ち)幾(か)からんか(※)。

(※)荘暴……斉の国の家臣の名。
(※)楽……音楽。なお、楽しみごと一般を意味すると解する説もある。孔子も音楽を重視した。「楽」についての記述は多いが、例えば、「詩(し)に興(おこ)り、礼(れい)に立(た)ち、楽(がく)に成(な)る」と言う(『論語』泰伯第八)。これについては、「礼楽」一般についての説明だが、評論家・山本七平氏の説明がわかりやすい。すなわち「音楽は身分、年齢、時空を超えて人を和同させるし、礼はいたるところ、師と弟子と、年長者と年少者と、その間のけじめ、区別を明らかにする。この相反する二つのものが政治にも、また人間教育にも必要なのである」(『論語の読み方』祥伝社)。これは孟子の考え方にもあてはまるだろう。
(※)庶幾からんか……近いといえるでしょう。

【原文】
莊暴、見孟子曰、暴、見於王、王、語暴以好樂、暴未有以對也、曰、好樂何如、孟子曰、王之好樂甚、則齊國其庶幾乎、

 

1‐2 王が音楽を好むことは国が良くなるきっかけとなる


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。後日、孟子は王に面会して言った。「王はかつて荘暴に音楽が好きだとおっしゃったそうですが、そのようなことがあったのですか」。王は、恥ずかしげに赤くなって答えた。「私は音楽を好きだといっても、先王の用いた正しい由緒ある音楽を好むのではない。ただ、世間で流行(はや)っているような、今風のつまらない音楽を好んでいるのだ」。そこで、孟子は言った。「王が音楽を好まれるのがはなはだしいということは、斉の国は良く治まっていくのが近いということです。なぜなら今の音楽も、昔の正しい由緒ある音楽も、同じことですから」。王は、それはどうしてだろうかと聞いた。孟子は答えた。「王は一人で音楽を楽しまれるのと、人と一緒に音楽を楽しまれるのと、どちらのほうが楽しいですか」。王は言った。「それは人と一緒に楽しむことにこしたことはない」。さらに孟子は聞いた。「それでは少人数で音楽を楽しむのと、大勢で音楽を楽しむのと、どちらが楽しいですか」。王は答えた。「それは大勢で楽しむにこしたことはない」。以上を聞いた孟子は言った。「では、私から王のために音楽について、仁政とからめてお話しさせていただこうと思います」。

【読み下し文】
他日(たじつ)、王(おう)に見(まみ)えて曰(いわ)く、王(おう)嘗(かつ)て荘子(そうし)に語(かた)るに楽(がく)を好(この)むを以(もっ)てせり、と。諸(こ)れ有(あ)りや。王(おう)色(いろ)を変(へん)じて(※)曰(いわ)く、寡人(かじん)能(よ)く先王(せんおう)の楽(がく)を好(この)むに非(あら)ざるなり。直(ただ)に世俗(せぞく)の楽(がく)を好(この)むのみ。曰(いわ)く、王(おう)の楽(がく)を好(この)むこと甚(はなはだ)しければ、則(すなわ)ち斉(せい)は其(そ)れ庶幾(ちか)からんか。今(いま)の楽(がく)は、猶(な)お古(いにしえ)の楽(がく)のごときなり。曰(いわ)く、聞(き)くことを得(う)べきか。曰(いわ)く、独(ひと)り楽(がく)して楽(たの)しむと、人(ひと)と楽(がく)して楽(たの)しむと、孰(いず)れか楽(たの)しき。曰(いわ)く、人(ひと)と与(とも)にするに若(し)かず。曰(いわ)く、少(しょう)と楽(がく)して楽(たの)しむと、衆(しゅう)と楽(がく)して楽(たの)しむと、孰(いず)れか楽(たの)しき。曰(いわ)く、衆(しゅう)と与(とも)にするに若(し)かず。臣(しん)請(こ)う、王(おう)の為(ため)に楽(がく)を言(い)わん。

(※)王色を変じて……恥ずかしげに赤くなって。なお、ここに王とあるのは前後の関係から先に出てきた宣王のこととされている。

【原文】
他日見於王曰、王嘗語莊子以好樂、有諸、王變乎色曰、寡人非能好先王之樂也、直好世俗之樂耳、曰、王之好樂甚、則齊其庶幾乎、今之樂、猶古之樂也、曰、可得聞與、曰、獨樂樂、與人樂樂、孰樂、曰、不若與人、曰、與少樂樂、與衆樂樂、孰樂、曰、不若與衆、臣請爲王言樂、

 

1‐3 王一人で音楽を楽しむのは悪政をしているしるし


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。「今、仮に王が音楽を演奏するなどして楽しんでおられるとします。そのとき民たちが王の鐘、太鼓の響き、竹の音を聞いて、皆、頭を抱え、顔をしかめ、次のようにお互いに嘆き合ったとします。『我が王の音楽道楽には困ったものだ。自分だけが楽しんで、私たちにはこんな困窮の極みに追い込んでしまっている。父子は一緒に暮らすこともできずにいて、兄弟妻子は離散してしまっている』と。また、今、ここに王が狩りに出かけたとします。民たちは、王の車馬の音を聞き、美しい鳥の羽根や牛のしっぽで飾った旗ざおを見て頭を抱え、顔をしかめて次のようにお互いに嘆き合ったとします。『我が王の狩り道楽には困ったものだ。自分だけが楽しんで、私たちにはこんな困窮の極みに追い込んでしまっている。親子は一緒に暮らすことはできずにいて、兄弟妻子は離散してしまっている』と。もしそうなったとすれば、それは王がいつも民と一緒に楽しまないからです」。

【読み下し文】
今(いま)、王(おう)此(ここ)に鼓楽(こがく)せんに、百姓(ひゃくせい)、王(おう)の鍾鼓(しょうこ)の声(こえ)、管籥(かんやく)(※)の音(おと)を聞(き)き、挙(みな)首(くび)を疾(や)ましめ(※)頞(あつ)を蹙(しか)め(※)、而(しか)して相(あい)告(つ)げて曰(いわ)く、吾(わ)が王(おう)の鼓楽(こがく)を好(この)む、夫(そ)れ何(なん)ぞ我(われ)をして此(こ)の極(きょく)に至(いた)らしむるや。父子(ふし)相(あい)見(み)ず、兄弟(けいてい)妻子(さいし)離散(りさん)す、と。今(いま)、王(おう)此(ここ)に田猟(でんりょう)(※)せんに、百姓(ひゃくせい)、王(おう)の車馬(しゃば)の音(おと)を聞(き)き、羽旄(うぼう)(※)の美(び)を見(み)て、挙首(みなくび)を疾(や)ましめ頞(あつ)を蹙(しか)め、而(しか)して相(あい)告(つ)げて曰(いわ)く、吾(わ)が王(おう)の田猟(でんりょう)を好(この)む、夫(そ)れ何(なん)ぞ我(われ)をして此(こ)の極(きょく)に至(いた)らしむるや。父子(ふし)相(あい)見(み)ず、兄弟(けいてい)妻子(さいし)離散(りさん)す、と。此(こ)れ他(た)無(な)し、民(たみ)と楽(たの)しみを同(おな)じくせざればなり。

(※)管籥……「管」も「籥」も笛のこと。
(※)首を疾ましめ……頭を抱えて。頭を痛くして。
(※)頞を蹙め……顔をしかめ。「頞」は鼻すじのことをいう。ここから「鼻筋をしかめ」と訳する説もある。
(※)田猟……狩り。
(※)羽旄……「羽」は旗ざおの頭に雉(きじ)の羽根を挿したもので、「旄」は、長い毛のある牛の尾を結びたらしたもの。

【原文】
今、王鼓樂於此、百姓、聞王鍾鼓之聲、管籥之音、擧疾首蹙頞、而相告曰、吾王之好鼓樂、夫何使我至於此極也、父子不相見、兄弟妻子離散、今、王田獵於此、百姓、聞王車馬之音、見羽旄之美、擧疾首蹙頞、而相告曰、吾王之好田獵、夫何使我至於此極也、父子不相見、兄弟妻子離散、此無他、不與民同樂也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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