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よみものどっとこむ

第191回

482話

2017.04.28更新

読了時間

【 この連載は… 】 毎日数分で「東洋最大の教養書」を読破しよう! 『超訳 孫子の兵法』の野中根太郎氏による、新訳論語完全版。読みやすく現代人の実生活に根付いた超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。

482 君子への道はそれぞれ人に合わせた教え方、進み方がある


【現代語訳】

子游(しゆう)が、子夏門下の若者たちを批判して言った。「彼らは水をまいたり、掃除をしたりすることや、来客の応待、進退作法などはよくできる。しかし、それらは元来末(すえ)のことであって、根本の倫理については教えられていないようだ。これは一体どういうことだ」。

子夏が後にこれを聞いて言った。「ああ、言游(子游のこと)は、間違っている。君子になる道は、どれを先に教え、どれを後に教えるというものではないし、どれかをめんどうなことだから後回しにするといったものでもない。たとえば、草木もその種類に応じて植え方、育て方が違うようなものだ。君子の道においては、まだ基礎ができていない者に、いきなり無理強いして高尚なところを教えるようなことはあってはならない。始めもあって、終わりもあるようなすべてを備えているのは聖人だけだ(我が門人の若者たちのように小事から始めて、やがて大道に達するように、その人の程度に合わせながら進んでいくのは間違っていない)」。


【読み下し文】

子游(しゆう)曰(いわ)く、子夏(しか)の門人(もんじん)小子(しょうし)は、洒掃(さいそう)(※)、応対(おうたい)(※)、進退(しんたい)(※)に当(あ)たりては則(すなわ)ち可(か)なり。抑〻(そもそも)末(すえ)なり。之(これ)を本(もと)づくるものは則(すなわ)ち無(な)し。之(これ)を如何(いかん)。子夏(しか)之(これ)を聞(き)きて曰(いわ)く、噫(ああ)、言游(げんゆう)過(あやま)てり。君子(くんし)の道(みち)は孰(いず)れをか先(さき)にして伝(つた)え、孰(いず)れをか後(あと)にして倦(おこた)らん。諸(これ)を草木(そうもく)に譬(たと)うれば、区(く)(※)して以(もっ)て別(わか)たんや。君子(くんし)の道(みち)は焉(いずく)んぞ誣(し)(※)うべけんや。始(はじ)め有(あ)り、卒(おわ)(※)り有(あ)る者(もの)は、それ唯(た)だ聖人(せいじん)か。


(※)洒掃……水をまいて掃除すること。

(※)応対……賓客(ひんきゃく)に対して受け答えすること。

(※)進退……立ち居振る舞いの作法。

(※)区……種類。

(※)誣……欺くこと。

(※)卒……末のこと。


【原文】

子游曰、子夏之門人小子、當洒掃應對進退則可矣、抑末也、本之則無、如之何、子夏聞之曰、噫、言游過矣、君子之衜、孰先傳焉、孰後倦焉、譬諸草木區以別矣、君子之衜、焉可誣也、有始有卒者、其唯垩人乎、



*482話が長文のため、今回は1話のみの掲載となります。



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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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