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よみものどっとこむ

第17回

いのちは救えた、しかしあきらめてもらったことがある

2018.03.15更新

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【 この連載は… 】 まもなく多死社会を迎える日本において、親や配偶者をどう看取るか。「平穏死」提唱者・石飛幸三医師の著作『「平穏死」を受け入れるレッスン』期間限定で全文連載いたします。

本を「聞く」という楽しみ方。
この本の著者、石飛幸三医師本人による朗読をお楽しみください。

■いのちは救えた、しかしあきらめてもらったことがある

 消化器に送られた血液は、原則として一旦門脈を通って肝臓を通過して心臓に戻ります。肝臓に血液を運ぶ門脈が生まれつき狭く、消化管がうっ血して腸から出血を繰り返すという疾患をもった少女がいました。この分野にたいへん詳しい医長が担当している患者さんでした。

 肝臓に向かう血液量を減らすために、脾臓の摘出手術も行われました。激しい出血はしなくなったものの、その後もたびたび少量の下血をして入院しました。

 担当だった医長が定年退職された後を、私がまかされました。

 ある年の元日のことです。正月休みを故郷の広島で過ごしていた私のもとに、また入院してきていた彼女が突然大量の下血をしたという知らせが入りました。私は自分で車を運転して東京にとんぼ返りする道中、ずっと手術の方法を考えていました。

 肝硬変のせいで、門脈の血流は渋滞を起こしています。どこかで門脈血を体循環に逃がすしかありません。

 骨盤にある腸骨静脈は左右二本あり、相互の交流は自在です。極端な話、片方だけでも下半身からの静脈血はきちんと上に戻ってくることができます。そこで、左総腸骨静脈を中枢側で切り離して、右総大腿動脈の下を潜らせ、末梢の切り口を前方に立ち上げて、その前方に位置する上腸間膜静脈の側面につなげば、うっ血している門脈血を体循環に逃すことができる、私はそう考えました。

 彼女の危機を救うには、血流の“構造改革”をするしかない、私は肚を決めました。

 夕方、東京に帰りつき、夜七時から手術を始め、夜が開ける前に手術は終わりました。下血は完全に止まりました。

 数年後、彼女は結婚しました。しばらくして、妊娠したとの報告がありました。妊娠・出産は母子ともに生命の危険を伴うことを、私は説明しました。

 彼女も、いまでは初老というべき年齢になりました。いまも元気にしているそうでそれはたいへんうれしいことなのですが、お子さんはいないといいます。

 私は、彼女のいのちを救うことはできました。しかし、母親になって次代にいのちをつなぐという希望を彼女から奪ってしまったのです。子どもを産むことをあきらめざるを得なかった彼女の気持ちを、あの当時の私はどこまで思いやることができていただろうか、と思います。

 私は、外科医の立場としてつねに最善を目指して治療をしていました。しかし、患者さんの心を支えることを充分に考えていませんでした。それは患者さんにとって、どれほど不安で心細いことだったでしょう。

 私がやっていたのは、患者さんにとって最善の医療といえたのでしょうか。

■手術のリスク

 多くの手術をしてきましたが、うまくいかなかった手術で、後味の悪い思いが残っているケースがあります。

 八三歳になるその男性は、介護ヘルパーの人に車椅子を押してもらって外来に来ました。ご家族は一緒に来なかったのです。

 脚の痛みを訴えられました。

 脚は冷たくて脈が触れません。脚の付け根のところで動脈が詰まっていました。動脈硬化です。

「自分の足で歩けなくなっては、生きている甲斐がない。なんとか治してもらえないか」

 男性はそう言われました。

 詰まった動脈を通す手術法があると言うと、「ぜひその手術をしてください」と言いました。

 動脈硬化というのは症状が出ているところの血管だけに問題があるとは限りません。他の場所の血管も詰まったり狭くなっている可能性が高いのです。脚にいく血管に問題が起きているとしても、症状がたまたまそこに出ただけで、実際には心臓や脳の血管にも問題が起きていることが少なくありません。

 リスクがあることを説明しました。それでもやりたい、と言います。

 心臓や頸動脈などの検査をしたところ、とくに異常は見つからなかったので、手術をすることになりました。

 ところが、手術が終わるころになって、突然、心電図が変化し、血圧が下がり、ショック状態に陥りました。重篤な心筋梗塞を起こしたのです。

 集中治療室に移して救命のための治療を続け、その後、二日二晩、できる限りのことをしましたが、残念ながら亡くなられました。

 これをご家族は受け入れられなかったのです。

「脚を治してもらう手術のはずなのに、突然、心臓に異常が起きたと言われても、納得できない」

 ご遺族は訴えを起こされました。

 医療には、大なり小なりリスクが伴います。患者さんはそのリスクを承知で、やるのかやらないのかを考えます。

 このケースのいちばんの問題は、患者さん本人は、リスクを冒しても歩けるようになるための医療を求めていたのです。自由に歩けないのであれば、生きている価値がない、と思ったのです。一方、子どもさんは、お父さんにとにかく生きていてほしかったのです。

 そこをきちんと話し合うことなく手術を受け、残念な結果になってしまったのです。

 手術をしなければ、もうしばらく生きていられたかもしれません。

 しかしそのときは、歩きたいという希望を捨てなければいけなかったでしょう。

 あるいは、手術をしなくても、どこか別の部位に異変を起こしていたかもしれません。

 まさに老衰に対する医療の意味を考えさせられる出来事でした。

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著者

石飛 幸三

特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。 1935年広島県生まれ。61年慶應義塾大学医学部卒業。同大学外科学教室に入局後、ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院、東京都済生会中央病院にて血管外科医として勤務する一方、慶應義塾大学医学部兼任講師として血管外傷を講義。東京都済生会中央病院副院長を経て、2005年12月より現職。著書に『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか?』(講談社)、『「平穏死」という選択』『こうして死ねたら悔いはない』(ともに幻冬舎ルネッサンス)、『家族と迎える「平穏死」 「看取り」で迷ったとき、大切にしたい6つのこと』(廣済堂出版)などがある。

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