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「平穏死」を受け入れるレッスン  自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか? 石飛幸三

第23回

【老衰死・平穏死の本】自分のためより、誰かのために――「忘己利他」のすすめ

2018.06.05更新

読了時間

まもなく多死社会を迎える日本において、親や配偶者をどう看取るか。「平穏死」提唱者・石飛幸三医師の著作『「平穏死」を受け入れるレッスン』期間限定で全文連載いたします。
「目次」はこちら

本を「聞く」という楽しみ方。
この本の著者、石飛幸三医師本人による朗読をお楽しみください。

■自分のためより、誰かのために――「忘己利他」のすすめ

 社会に何か貢献できるということは、人間の生きる意味においてたいへん大きな要素です。

「忘己利他」という言葉があります。仏教語で「自分のことは後にして、他の人に喜んでいただくことをする」という意味で、仏さまはそういう行いをされた、そこに幸せがあるという教えです。

 人間が生きがいを感じるのは、忘己利他の行いができているときが多いのではないでしょうか。仕事というのは、基本的にみんな社会のためにやるものです。自分の生計のためだけにやる仕事よりも、「誰かを助けるため」「誰かを笑顔にするため」という目的や使命感をもってやるほうが生きがいを感じるのは、忘己利他の心があるからなのです。

 深沢七郎の『楢山節考』のお話をご存知でしょうか。

 俗に言う「姥捨て山」伝承に基づいた物語です。貧しい寒村には、口減らしとして年寄りを山に捨てに行く習慣がありました。息子は、母を捨てるなんてできない、と思います。しかしその当事者である老婆、おりんさんは、ためらう息子を叱咤して、自分から山に捨てに行ってくれと言うのです。

 このおりんさんの姿勢は、自分のことを考えるのでなく、他の人のためを思う忘己利他だと私は思っています。自分が家にいたら、家族にしわ寄せがいきます。迷惑がかかります。だから、家族のために、自分の順番が来たことを淡々と受け入れるのです。

『楢山節考』は「棄老」の物語として知られていますが、私は、老人を捨てに行くむごい話、かわいそうな話なのではなく、むしろ凛とした「死の覚悟」というものを伝える物語のように思えます。

 最後のシーンに胸を打たれます。息子が山に母親を置いて帰ろうとすると、雪が降ってくるのです。言葉を交わしてはいけない決まりなのですが、息子は「よかったな」と叫ぶのです。なぜなら、雪だと眠っているうちに凍死するので、苦しまないで済むからです。

■別れを受け入れる

 現代のわれわれはどうでしょうか。

 自分の思いにしがみついていないでしょうか。

 自律心、自己を律する生き方をしているでしょうか。

 私は「自分から死にに行け」と言っているわけではありません。

 泰然として状況を受け入れる心を、現代人は忘れていると思うのです。

 それを取り戻そうと言いたいのです。

 自分はしてほしくないのに、親には延命治療を強いるというのは、本当にいのちを大切にしている人のやることではないと私は思います。

 それは、いのちにしがみついているだけです。

 自分が悲しいから、さみしいから、その思いに耐えられそうにないから、大事な決断を先送りしているだけではないでしょうか。

 一分一秒でもいいから、ただ長く生きていてほしいという気持ちは、執着であって、愛情ではないと思います。

 本当の愛情とは、相手のためを思い、忘己利他の心で接することです。

 別れは悲しいことです。

 そのときは、泣けばよいのです。

 泣いて、泣いて、泣き疲れるまで泣けばいいのです。

 お父さんやお母さんの肉体はもうこの世になくなっても、あなたの胸の中には、たくさんの思い出、記憶が詰まっているはずです。それらはあなたとともに生きつづけます。

 そして何より、あなたはご両親からいのちのバトンを渡されて、こうして生きているのです。あなたが生きている限り、ご両親も生きているのです。

 これまでの恩を感謝して、供養しましょう。

 いずれはみんな死ぬのです。

 だからこそ、いま、生きていることの喜び、楽しみを味わう生き方をすることが大切なのです。

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    小野敏子

    77歳の主人、私は70歳。今年30年の4/26に事はおきました。息が苦しい!救急車を呼んでくれ!と。元々20年間の慢性腎臓病で、医者にはかかってました。だんだんと悪化し、クレアチンの数値が8に近くなっていました。搬送先で、肺に水が!と一時的な透析が。
    それが、病院生活の始まり。5月の連休に、数値が良いので、本人のたっての希望で一時帰宅。ところが、家で、ビールを350mlを飲んだらしい(私の仕事中の出来事)で、無意識に倒れたらしい。救急救急搬送され、元の病院に帰る。肋骨の骨折。
    その頃から、胸の苦しいのが、連発し始め、その度に、病院側は、透析透析と。途中から、透析してる割には、足のむくみが引かない事に、注目。そして、エコーで、心臓の弁が閉まらないという、僧帽弁閉鎖不全症が発覚。ここの病院に、循環器系外科が無い為、移転しての手術が決まる。そこに至るまでの2ヶ月の間、苦しんで苦しんで、寝れない状態 。とうとう苦し紛れにベットから降りたところ、たって居眠りして、そのまま倒れて、今度は大腿骨を折って、パイプを入れる手術。透析を一日おき、肋骨骨折、大腿骨骨折、高齢の上の、心臓手術。 術前に医師から、相当なリスクを背負っての手術と言われた。でも、この溺れそうな息苦しさから兎に角、脱出する事が一番と思い、お願いして、7/2に手術が終わりました。3日目が開かなかったったので、心配しましたが、意識は戻りました。それから今に至るまで、一日置きの透析、首に注射針、鼻から高栄養流動食、ドレーンの袋と。最近は、看護師さんが腕を持つだけで、恐怖に怯えてるのが見えます。
    ICUに今日で7/2から23日間、います。先生の今日の話では、高栄養流動食も、やってる割には体に取り入れられない状態。

    先生のお話を、今日全部聞かせて頂きました。
    思い切って、体に刺さってる針全部抜いてもらって、それなりの施設を紹介して頂いて、例え、残り一週間でも、本人をホットさせてあげたい気持ちです。
    私1人の看病です。自分の身の振り方に悩んでます。でも早く楽にしてあげたい。本人は家に帰ろ!家に帰ろ!と。
    今日の昼、容態が良く無くて、熱が38度ありました。ずっと眠ってましたが、一瞬、パッと両目開けて定めがない黒目で、3.4秒。おかしい‼️と思い看護師さん!と呼んだのですが、そのあと又目をつむって、いびきかいて、寝た。もしかしたら、脳梗塞を起こしたのではないかと今、思ってます。
    医師に、私の思いをどう切り出して良いのか、分かりません。

    返信
著者

石飛 幸三

特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。 1935年広島県生まれ。61年慶應義塾大学医学部卒業。同大学外科学教室に入局後、ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院、東京都済生会中央病院にて血管外科医として勤務する一方、慶應義塾大学医学部兼任講師として血管外傷を講義。東京都済生会中央病院副院長を経て、2005年12月より現職。著書に『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか?』(講談社)、『「平穏死」という選択』『こうして死ねたら悔いはない』(ともに幻冬舎ルネッサンス)、『家族と迎える「平穏死」 「看取り」で迷ったとき、大切にしたい6つのこと』(廣済堂出版)などがある。

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