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よみものどっとこむ

第5回

感情でする判断は99・9パーセント間違い

2017.03.17更新

読了時間

【 この連載は… 】進学、就職、結婚、人間関係……人生は分岐点の連続。「優柔不断」「後悔」をきっぱり捨てるブッダの智恵を、初期仏教長老が優しく説きます。韓国語版出版&電子書籍1000冊突破を記念して、書籍の冒頭部分を特別公開いたします。

第2章 正しい判断は「理性」から生まれる
──なぜ感情で判断してはダメなのか?


■感情でする判断は99・9パーセント間違い


 感情を抜きにして判断するとはどういうことか、という話をしましょう。

 誰しも感情を持っています。感情とはその人が持っている本能的な情動で、つねに自分を中心としている主観です。仏教ではこれを「煩悩」と呼びます。

 たとえば、とても美しい花が咲いているのを見て、「きれいだなあ」と心が動きます。そうすると、人間はそこから二次的な感情を抱きます。見ただけでは満足しなくて、この美しさを自分のものにしたくなるのです。

 「そうだ、これを写真に撮ろう」と思います。昔はカメラを持っていなければ撮れませんでしたが、いまはスマートフォンがあるのでいつでも、どこでも手軽に撮れます。しかし他の人が花の周りにいると、写真を撮るのに邪魔です。「ちょっとそこのあなた、邪魔、邪魔。私がこのきれいな花の写真を撮ろうとしているのに、撮れないじゃないですか。ちょっとそこをどいてください」。そう口に出すか出さないかは人によると思いますが、少なくともそう心の中で思って、人を押しのけて写真を撮ろうとします。

 人によっては、花を摘んで持って帰ろうとします。引き抜いて持っていってしまう人だっています。

 もっと単純な感情に、「好きか嫌いか」があります。好きなことはやりたいし、嫌いなことはやりたくない。しかも感情は、そのときどきの状況によって移ろうものでもあります。「昨日はこの仕事やりたいと思っていたんですけど、今日になったらやりたくなくなったのでやりません」、こんなことを言っていいことになったら大変です。社会が立ち行かなくなってしまいます。

 このように、感情で行動すると、ろくなことになりません。感情というのは、自分の都合のいいように、いいようにと心を誘導するのです。感情の赴くままに行動していたら、99・9パーセント間違った選択になります。人間は感情というものを〝野放し〟にしてはいけないのです。

 感情をなくしてしまうことはできません。

 しかし、感情に流されないようにすることはできます。衝動や執着の抑制を学習することで、感情の起伏に囚われない冷静な行動ができるようになっていきます。それが「理性を身につける」ということです。

 何かを判断し、選択するという行為は、つねに「理性」で行われなければいけないものなのです。


■人間は感情で動きたがる生き物


 なぜ世の中には法律、規則、ルールがこんなにたくさんあるのか。その理由は、根本的に人間が感情で動きたがるからです。

 たとえば、痴漢行為をする人がいたとします。「この人、セクシーだな」と思うのは感情です。たいていの人は、そう思ったとしても理性でその情動をコントロールしています。しかし理性よりも感情のほうが強い人は、自分をセーブすることができずに相手のカラダに触ってしまうんです。「痴漢はいけないことだ」というのを知らないわけではないはずですよ。わかっていながらも、やってしまう人がいる。だから、法律で禁止し、やった人には罰則を与えるという仕組みが必要なのです。

 泥棒をする人は、「欲しい」という感情を抑えられない人です。その感情がどんどん膨らんで、「なんとしてでも」手に入れたくなる。働いて自分でお金を貯めて手に入れようという当たり前のやり方が考えられなくなってしまって、非合法な手っ取り早い方法を選択してしまうのです。

 法律とは何なのかをあらためて定義するとすれば、「人間が各々の感情で身勝手な行動をすることを思い留まらせ、社会に秩序と規律を保たせるために設けられているもの」ということになるでしょうね。

 店内に「万引きは犯罪です」という張り紙がしてあるお店があります。あれは、衝動的な感情を抑えられずについ万引き行為をしてしまう人に対して、冷静な自分を取り戻してほしい、という狙いがあるわけです。

 感情よりも理性のほうが勝っていれば、犯罪行為をするという選択はしません。

 私はポルシェの車を見ると「カッコいいなあ」と思います。これは感情です。しかし、ポルシェの車を欲しいと思ったことは一度もありません。お金もないですし、自分で運転できないという現実もありますが、そもそも「所有したい」という感情が起こらないのです。これは私の理性です。もし私が理性で感情をコントロールできない人間だったら、私は誰かのポルシェを盗もうと考えるかもしれません。

 つまり、理性が犯罪に手を染めることがないように私を守ってくれているんですよ(笑)。人間は感情で動いてしまいやすいからこそ、それをコントロールして自己管理する必要があります。

 理性がどんどん大きくなっていくと、感情は抑えられます。消えるわけではないですが、何かを判断したり行動したりするときに、感情的なものが選択の条件にはならなくなっていくのです。

 糖尿病という病気がありますね。生活習慣病だといわれています。なぜ糖尿病になってしまうかというと、自分の感情に負けて好きなものをたくさん摂りすぎたというケースもあります。この病気はなってしまったら一生治らないといわれていますが、それでも本人が食生活やライフスタイルを変えて節制すれば、悪化することは防げます。

 たとえば、病院で「あなたは一日にこれとこれ、こういう種類のものを食べなさい」とアドバイスされます。それは客観的な判断、理性のアドバイスですから、きちんと聞いたほうがいいのです。そして、大好きなケーキを食べたいと思っても、ケーキをやめて野菜を食べるようにする。これは理性のアドバイスを受け入れた理性の行動です。その人がケーキを嫌いになったわけではありません。好きだけれども感情の赴くままに食べていたらカラダに悪いから、死を招くことになるリスクが高いから、食べるのをやめるのです。つまり、好きであることに変わりはなくても、食べ物を選択するときに「好き」であることが条件にはならなくなるわけです。


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著者

アルボムッレ・ スマナサーラ

スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。1945年、スリランカ生まれ。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとったのち、80年に国費留学生として来日。駒澤大学大学院博士課程で道元の思想を研究。現在、宗教法人日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事し、ブッダの根本の教えを説きつづけている。朝日カルチャーセンター(東京)の講師を務めるほか、NHKテレビ「こころの時代」などにも出演。著書に『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】』『ブッダの実践心理学』全8巻(藤本晃氏との共著、以上、サンガ)、『怒らないこと』『無常の見方』『無我の見方』(以上、サンガ新書)、『執着の捨て方』(大和書房)など多数。

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