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よみものどっとこむ

第39回

110話

2016.09.14更新

読了時間

110 仁者になるには、まず知者とならなくてはいけない


【現代語訳】

子張がたずねた。「楚(そ)の国の令尹(れいいん)(国務大臣)の子(し)文(ぶん)は、三度令尹に登用されてもさして喜ぶ風もなく、三度やめさせられても不満の様子も見せませんでした。しかも、やめる時には、新しい令尹にきちんと政治のやり方をすべて引き継いでいます。どう思いますか」。

孔子先生は言われた。「忠実でいいのではないか」。子張は、「仁といえませんか」とたずねた。

先生は答えられた。「仁者というのは知者でもあるが、子文はまだ知者といえない。どうして仁者といえようか」。

また子張はたずねた。「斉(せい)の国の大夫(たいふ)(権力ある貴族)である崔子(さいし)が君主を殺した時、陳(ちん)文子(ぶんし)は四十頭の馬を持つほどの財産と地位を捨てて去りました。さらに他の国に行ってもやはり『崔子のような者がいる』と立ち去りました。さらに他の国に行ってもやはり、「我が国の崔のような人がいる」と言って立ち去りました。これをどう思いますか」。

先生は答えられた。「清くていいのではないか」。子張は、「仁者といえませんか」とたずねた。

先生は答えられた。「まだ知者となっていないのに、どうして仁者といえようか」。


【読み下し文】

子張(しちょう)、問(と)うて曰(いわ)く、令尹(れいいん)子(し)文(ぶん)(※)は三(み)たび仕(つか)えて令尹(れいいん)となれども喜色(きしょく)なし。三(み)たび之(これ)を已(や)めらるるとも慍(いか)る色(しょく)なし。旧令尹(きゅうれいいん)の政(まつりごと)は必(かなら)ず新令尹(しんれいいん)に告(つ)ぐ。如何(いかん)ぞや。子(し)曰(いわ)く、忠(ちゅう)なり。曰(いわ)く、仁(じん)なるか。曰(いわ)く、未(いま)だ知(し)らず、焉(いずく)んぞ仁(じん)なるを得(え)ん。崔子(さいし)、斉(せい)君(くん)を弑(しい)す(※)。陳(ちん)文子(ぶんし)(※)、馬(うま)十乗(じゅうじょう)あり。棄(す)てて之(これ)を違(さ)り、他邦(たほう)に至(いた)りて則(すなわ)ち曰(いわ)く、猶(な)お吾(わ)が大夫崔(たいふさい)子(し)がごときあり、と。之(これ)を違(さ)る。一邦(いっぽう)に之(ゆ)きて則(すなわ)ちまた曰(いわ)く、猶(な)お吾(わ)が大夫崔(たいふさい)子(し)がごときあり、と。之(これ)を違(さ)る。如何(いかん)ぞや。子(し)曰(いわ)く、淸(せい)なり。曰(いわ)く、仁(じん)なるか。曰(いわ)く、未(いま)だ知(ち)ならず、焉(いずく)んぞ仁(じん)なるを得(え)ん。


(※)令尹子文……姓は闘、名は殻於菟(こうおと)。今伊とは楚の国では宰相のこと。子文は字。

(※)崔子、斉君を弑す……斉の大夫崔子が、君主である壮公を殺した。「弑す」とは身分の下の者が上の者を殺すこと。

(※)陳文子……陳は姓。名は須無(すぶ)。文は諡。


【原文】

子張問曰、令尹子文、三仕爲令尹、無喜色、三已之、無慍色、舊令尹之政、必以告新令尹、何如也、子曰、忠矣、曰、仁矣乎、曰、未知、焉得仁、崔子弑齊君、陳文子有馬十乘、棄而違之、至於他邦、則曰、猶吾大夫崔子也、違之、至一邦、則又曰、猶吾大夫崔子也、違之、何如、子曰、清矣、曰、仁矣乎、曰、未知、焉得仁、



*110話は長文のため、今回は1話のみの掲載となります。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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